「こんにちは。あの、良かったらお飲み物をどうぞ。」
遠慮がちにそう言ってトレーで飲み物を差し出す。

「こんにちは。貴方が果穂さんね。健が長くお世話になったみたいでどうもありがとう。
翔さんも久しぶりに見たけどお元気そうで何よりだわ。」
ほんわりとした空気感がとても印象的な、優しげなお母様はどことなく健君に目元が似ていた。

「私本当に、世間知らずで申し訳ないのだけど、あの小さな車の中でお料理が出来るキッチンが入っているの?」

何となく、シンデレラの様な意地悪な継母を想像していたからか、素朴な疑問を投げかけられて戸惑ってしまう。

「あの中には簡単なシンクとコンロと冷蔵庫が入っています。軽自動車を改造したものなのでちょっと狭いのですが。」

「翔さんはいつもあんな風にお手伝いしてらっしゃるの?」

「翔さんは、お仕事が忙しくて週末は出来るだけ休ませてあげたいのですが、今日は特別手伝ってもらっています。」
 
「私、翔さんは気難しくて怖い方だとばかり思っていたから、あんな穏やかに笑う方だとは思いませんでしたわ。」

本当に2人の間には接点が無かったんだと、内心びっくりしながらもまだまだ仲良くなれるチャンスはあるとホッとした。

「私の知っている翔さんはとても心配症で優しい方です。
お仕事の時はきっと気難しい顔をしてるのかもしれませんが、プライベートは穏やかで頼り甲斐のある人ですよ。」

「そう。私の事は嫌われているものだと思っていたから、今まで必要以上に話さないようにしていたのだけど…申し訳ない事をしたわ。」

「兄さんは人格者だよ。
見た目クールだから、とっつきにくいだけで話せばとても優しくて懐の深い人だよ。
果穂さん父さんの事は許せないけど…母さんが1人で寂しくしてるのも可哀想だから帰るよ。」

「そうですか。きっと翔さんも喜びます。
ちょっと代わって来ますね。」
何人かお客様が並んでいたけれど、飲み物提供だけだったので直ぐ変わってお母様とお話しするように促す。

「特に俺から話す事も無いけど…ちょっと言って来る。」
翔さんもお互い遠慮していただけで、
特にわだかまりがある風でも無くて安心して送り出す。

きっとこうやってお互い向かい合えば、お父様とも仲良くなれるはず。

新たな希望が湧いた気がした。