僕の閉じた瞳の端に散らばっていた太陽の光子が、消えた。どうやら日は傾き始めたようである。リサさんは僕の背中にライトを当てたようだ。途端に瞼が濃いオレンジ色に染まる。「ちょっとまってね、お香が切れたみたい。今度はアロマ炊く」



 部屋の匂いが一瞬で変わった。



 甘く柔らかい匂いだった。ライトは白熱電球だろうか、凄く背中が熱い気がする。瞼は、まだ濃いオレンジ色の光で包まれている。垢が染み出して来るのを待つ間、もっと陽は低くなる。部屋の中の雰囲気はより暗く、艶やかに変貌した。おそらく十分も待っていないが、とても長い時間だった。



 ヘラの感触があった。藍ちゃんが僕の背中に浮き上がった垢を掬い始めたのだ。



 ガリっ、ガリっ、という音は非常にグロテスクな音だった。音からでも分かる。垢は醜悪な見た目をしている。おぞましい程、禍々しく、汚らしい。



 藍ちゃんは、僕の垢を平気な顔で眺めているのだろうか。いや、きっと真剣な表情をしながら垢を集める作業を繰り返している。



 それでも僕の醜悪さを、醜悪さとして捉えて嫌悪することなど、まるで無く、ただ黙々と作業をこなしている。



 ガリッ、ガリっ、という音の中に、信じられない程の快楽がある。垢を掬い出されている間、僕の背中は、いつ跳ね上がってしまうのだろうと恐れていた。



 ねぇ。ちょっといい? 同じところばかりやると、彼の肌に負担がかかる。こうして、一回でできるだけ多くの垢をかき集めるの。



 ヘラが藍ちゃんの手からリサさんへと受け渡されたようである。再び、ガリっ、という音と一緒に、背中にヘラの感触があった。



 それは今までの優しい手つきではなく、僕の心の中の醜悪さ全てを、殆どえぐり出されるような壮絶な感触だった。あまりの心地よさに全身の鳥肌が立つのが分かった。腫れ物を潰したとき、一瞬で膿が外に飛び出すような、あの感触に似ていた。



 すごい、こんなに。