ぐほぉ!

 十万倍の力でのどを絞めつけられ、動けなくなるマーラ。

 ステータス十万倍の飛行魔法を持つベンにとって、目にもとまらぬ速さで移動する事くらい朝飯前だったのだ。もはやベンにとっての敵は自分の便意くらいだった。

「ま、まさかあなたが黒幕とは……。なぜこんなことをやったんですか?」

 プロレス技のチョークスリーパーのように、がっちりと決めながらベンは聞いた。

「くっ! 管理者(アドミニストレーター)権限をなめるんじゃないわよ!」

 そう言ってマーラは自分の身体を黄金色に光らせ、何か技を使おうとした。

 しかし、ベンは構わずに首をギュッと締め上げる。

 ぐぉぉぉぉ!

 マーラは真っ青な顔になり、たまらず、ベンの腕をタンタンタンとタップした。

 勝利の瞬間である。ベンは安堵(安堵)し、息をつくと、少し緩めてあげた。

「ぐぐぐ……。あんた本当に一般人? なぜ、私に勝てるのよ?」

 マーラは美しい顔を歪めながら吐き捨てるように聞く。

「女神がね。あなたに勝てるスキルをくれたんです」

「くっ、女神か……、チクショウ……」

 マーラはガクッと力を抜き、観念したようだった。ふんわりと懐かしいマーラの匂いが立ち上ってきて、ベンは首を振り、静かにため息をついた。

「なんでこんなことをしたんですか? そんなに男が憎かったんですか?」

 ベンは腹痛に顔をゆがめながら聞いた。

「いや、別に? そりゃ変な男が次々と言いよって来るのはウザかったけど、憎む程じゃないわ。それなりに楽しくやってたしね」

 マーラは自嘲(じちょう)気味に言う。

「じゃあ、なぜ?」

「男を憎んでる女って多いのよ。『男のいない世界を作ろう!』って冗談半分で言ったら何だかみんなが集まってきたの。お布施もガンガン集まるしね。それで、こりゃいいやって規模を大きくしていったのよ」

 すると、そばで聞いていたベネデッタは、

「あなたは女性の敵ですわ!」

 と、目を三角にして怒った。

「あら、公爵令嬢。この小僧に()れちゃったの?」

 薄ら笑いを浮かべながら冷ややかな視線を投げかけるマーラ。

 しかし、ベネデッタは動ぜず、

「えぇ、そうよ。世界を守るために献身的に努力するお方に惚れない女などいませんわ!」

 と、さも当たり前かのように言い切る。

 えっ!? え……?

 いきなりの告白にベンは頭の中がチリチリと焼けるように熱くなり、オーバーヒートした。

「ははっ! そりゃ良かったわ。……。私ももう少しいい出会いがあれば……」

 マーラはため息をつき、視線を落とす。

 ベンは何とか平静を取り戻そうと大きく深呼吸をする。何しろ十万倍の便意が肛門を圧迫し、一万人の乙女の排泄物が流れ、この世界を滅ぼそうとするにっくき教祖が憧れのマーラであり、気品高き令嬢が告白しているのだ。人生のコア・イベントがこの場に派手に集結している。運命の女神が用意したステージは何とも壮絶な様相を呈していた。

「黒幕が居るんですのよね?」

 ベネデッタは鋭い目で問い詰める。

「ふふん。そうね、調子に乗って信者集めてたら隣の星の管理者(アドミニストレーター)が声をかけてきたの。『自由にできる世界が欲しくないか?』ってね」

 なるほど、そういう事であれば黒幕を何とかしないと解決しない。

 ベンは咳ばらいをすると、聞いた。

「ボトヴィッドって奴か?」

「ふーん、女神はみんなお見通しね」

 マーラは肩をすくめ、キュッと唇をかんだ。

「証拠を出せるか?」

「証拠なら幾らでもあげるわ。私自身、やりすぎだとは……、思ってたのよ」

 マーラはうつむき、調子に乗って暴走したことを悔いている様子だった。勇者パーティでの振るまいを見るに根は悪い人ではないはずである。それが一歩足を踏み外したらみるみる巨大テロリスト集団のヘッドになってしまった。もしかしたらあのやり手の副教祖の手腕が大きかったのかもしれない。

 とはいえ、世界を滅ぼそうとしたことは重罪である。償ってもらう以外ないのだ。

「じゃあ、今すぐ出せ」

 ベンが催促(さいそく)すると、マーラはふぅと大きく息をつき、

「こんな拘束された状態じゃ出せないわ。まずは離して」

 と、寂しそうに笑う。

 ベンは迷い、ベネデッタと目を合わせる。腕を放せば逃げようと思えば逃げられてしまう。反省の色を見せている姿を信用できるかどうかだが……。

 するとベネデッタはうなずき、マーラの装着している金属ベルトをつかんで言った。

「変なことしたら押させていただきますわ」

「あらあら怖い事」

 マーラはおどけて肩をすくめる。

 ベンは首を押さえていた腕を緩め、

「緩めたぞ、早く証拠を出せ!」

 と、迫った。

「はいはい、そんな焦らないで」

 マーラは首をぐるりぐるりと回し、大きく息をつくと、指先で空間を切り裂き、中に手を突っ込んだ。

 そして、何かのチップを取り出すと、ベネデッタに渡す。

 ベネデッタはニコッと笑い、

「ありがたく頂戴しますわ」

 そう言いながら、ガチッガチッと金属ベルトのボタンを連打した。

 へっ!? あっ!?

 驚く二人。

 マーラは、ふぐぅ……、という声にならない声を上げ、倒れ込む。

「うちの街を壊そうとした罪は重いんですのよ」

 そう言ってベネデッタは嬉しそうに笑った。

 その情け容赦ない行動力にベンはゾッとする。この可憐な少女の美しい笑みの裏にある芯の強さ、それはこの街を預かる貴族の一員としての矜持(きょうじ)だろうか? ベンはこの人を怒らせてはならないと心に誓った。

 マーラは壮絶な排泄音をまき散らしながら、ビクンビクンと痙攣(けいれん)し、目を()いて口からは泡を吹いている。もはや廃人同然だった。

 その時だった。

「あっ! 危ない!」

 ベネデッタがベンをかばうように覆いかぶさるように押し倒した。

 直後、激しい閃光が走り、何かがベネデッタの臀部(でんぶ)を直撃した。

 ふぐぅ!

 防御力千倍のため、深刻なケガには至らなかったものの、千倍の便意にギリギリ耐えてきたベネデッタの関門が限界を超えてしまう。

 いやぁぁぁぁ! うぁぁぁ……。

 凄惨(せいさん)な排泄音が響き渡り、ベネデッタは意識を失ってしまった。

「ベ、ベネデッタぁぁ!」

 ベンはいきなり訪れた悲劇に呆然とする。

「グワッハッハッハ! 小僧! 好き勝手やってくれたなぁ!」

 ステージに小太りの中年男が着地する。栗色のジャケットにベストを着込み、レザーキャップをかぶってステッキをくるりと回した。
















40. ベンの覚悟

「お前は……ボトヴィッド?」

 ベンは立ち上がり、男をにらんだ。今回の黒幕、倒すべき男がついに目の前に現れたのだ。

「ふん! 小僧にまで名前を知られるとは不覚じゃ。まぁ、今すぐこの世から消してやろう」

 そう言うと、いきなりベンの目の前にワープし、思いっきりステッキでベンの顔面を殴りつけた。

 グフッ!

 ベンはまるで暴走トラックに吹っ飛ばされたように、縦にクルクル回りながら演台を砕いて弾き飛ばし、壁に叩きつけられ、跳ね返ってゴロゴロと転がった。

 十万倍の防御力があるものの、唇が切れ、血が滴る。肛門は少し決壊し、おむつに生暖かい液体流れているのを感じる。

 くぅぅぅ……。

 ベンは苦痛に顔をゆがめよろよろと立ち上がろうとした。

「ほう、まだ生きとるのか! もういっちょ!」

 ボトヴィッドはそう言いながらベンの顎を強烈に蹴り上げた。

 ぐほぉ!

 吹き飛んだベンの身体は壁に跳ね返され、天井に当たり、ステージに叩きつけられて転がる。

 ぐおぉぉぉ……。

 脳震盪(のうしんとう)で目が回ってしまっていて身動きが取れない。

 ピュッピュッ、と肛門を突破されているのを感じ、何とか括約筋で踏ん張り続ける。

 も、漏れる……。

 ベンのステータスは十万倍。強さで言ったら上だが、ボトヴィッドは管理者にしか使えない技、ワープを繰り出してくるので分が悪い。ベンは必死に勝ち筋を探すが、便意に意識を奪われてなかなか策が浮かばない。

 ボトヴィッドは周りを見回しながら、

「さて、この空間ごと葬り去ってしまうとするか……。うんこ臭くてかなわん。ただ、こいつは……」

 そう言うと、気を失っているベネデッタのところへ行き、顎をつかむと、

「うん、上玉じゃな。この女は今晩のお楽しみに使ってやるか、グフフフ」

 と、下卑(げび)た笑いを浮かべた。

 えっ……?

 ブチッ! と、ベンの中で何かが切れた音がした。

 ベネデッタが穢されてしまう、そんなことはあってはならない。便意に耐えることしかできないこんな自分を、好きだと言ってくれた可憐な美少女。自分はたとえ死んでも彼女は守らねばならない。

 ベンはギリッと奥歯を鳴らすと、ふんっ! と気合を入れ、うぉぉぉぉ! と雄たけびを上げながら金属ベルトのボタンを連打する。

 十万倍で勝てなければ百万倍、それでも勝てなきゃ一千万倍、勝つまで上げていってやる!

 ベンはシアンの忠告を無視し、捨て身の戦法で勝負をかけたのだった。

 ポロン! ポロン! ポロン! 『×100000000』

 ベンの身体は一億倍の異常なパワーで自然に発光し、光り輝く。

 ぐぉぉぉぉ!

 脳髄を貫く強烈な便意。それは半分人格崩壊を引き起こしながらベンを襲った。

 ブピッ! ビュッビュッ!

 肛門からは不穏な音が絶え間なく続いていたが、ベンはユラリと立ち上がる。

 もう思考は崩壊し、何も考えられなくなっていたが、ベンは無意識にボトヴィッドの方を向いた。目は青く輝き、全身からパリパリとスパークが立ち上り、光の微粒子を振りまいている。

「なんじゃ?」

 ベンに気づいたボトヴィッドは、ステッキに光を纏わせ、パリパリと放電させると、

「この死にぞこないが!」

 と、言いながらベンの前にワープをして思いっきりステッキで顔面を殴りつける。

 地響きを伴う爆発音が響き、

 ぐわぁぁ!

 という叫び声が続いた。しかし、叫び声を上げたのはボトヴィッドの方だった。

 ステッキは砕け散り、持っていた手が裂けている。ベンは無表情でぼんやりとその様を見ていた。

「な、なんだ貴様は!」

 ボトヴィッドは苦痛に顔をゆがめながら、距離を取り、管理者権限で手を治していく。

 反撃のチャンスではあったが、ベンは壮絶な便意にとらわれていて動けない。

 ボトヴィッドは指先で空中を切り裂き、異空間につなげると、中からぼうっと青白く光る刀剣を取り出した。

「これは管理者にしか使えない名刀『デュランダル』だ。空間を切り裂き、全てを両断する決戦兵器……、コイツで一刀両断にしてやろう……」

 ボトヴィッドはベンをにらむと気合を込め、デュランダルを黄金色に光輝かせた。二人の戦うステージはそのまばゆい光で美しく照らし出される。

「今度こそ、死ねぃ!」

 ボトヴィッドは剣を振りかぶり、ベンの前にワープすると同時に一気に振り下ろした。

 目にもとまらぬ速さでベンに迫ったデュランダルだったが、ベンは素早く手の甲で払う。パキィィィンといういい音をたてながら刀身が砕けちった。

 へっ!?

 目を真ん丸にして驚くボトヴィッド。次の瞬間、ベンの右ストレートが思い切り顔面にさく裂する。

 一億倍の攻撃力は管理者特権の【物理攻撃無効】を貫通し、顎の骨を砕きながら吹き飛ばした。

 ゴフゥ!

 クルクルと回転しながら壁に当たり、戻ってきたところをベンは鋭い蹴りで腹を打ちぬいた。

 ぐはぁ!

 再度壁にしたたかに打ちつけられ、跳ね返ってゴロゴロと転がるボトヴィッド。

 無様な姿を見せるボトヴィッドに、

「し、尻を出せ……」

 と、ベンは無表情で命令した。