ゼイレーム王国の首都にある王宮に、ドラゴンが姿を現した。

通常ならあり得ない事態だ。

パグウェル司祭様から聞いたドラゴンの位置は把握されていて、討伐隊の話も出ていたというように、大型の幻獣がここまで接近して何も対応されていないなど、あってはならない事だ。

けれども、現実にブラックドラゴンは目の前にいる。


王宮の中庭は50メートルほどあるのだけれども、その半分はドラゴンの翼と身体で覆われている。幸いアスター王子の展開した魔術が間に合ったようで、地面から10メートルほど下には接近出来ていない。

全身を黒々と覆う硬そうな鱗に、何本もある角と鋭い爪と牙。目は爛々と紅く光っていて、飛膜のある翼は忙しなく羽ばたいている。

マリア王女が、興奮気味に言う。

「なんじゃ、あれは!あれがパグウェル司祭の言っていたブラックドラゴンか!」
「おそらくそうでしょう。マリア殿下、今のうちにお逃げください!あ、あなた!確か、ダミアンだったわね。早くマリア殿下をお部屋へお連れして!」
「は、はい!」

アクアに乗るマリア王女の前で模造剣を構えたわたしは、集まってきた近衛兵のひとりに指示を出した。

従騎士は騎士の居ない時はその代理として、従士等の戦闘の指揮をする事もある。今は非常時なので近衛兵に対しても有効だ。

完全武装した近衛兵にマリア王女を預けようと彼女を抱き上げた瞬間、アスター王子の鋭い声が飛んできた。

「ミリィ、マリア、伏せろ!」

咄嗟にマリア王女を引き寄せて抱きしめ、そのまま地面にしゃがみ込む。すると、ぶわあっと強い風が吹いてきてーーそれが、焼けるように熱かった。