「さむ〜〜っ」

 王女殿下が耳まで赤くして、白い息を吐き、体を小さく震えさせる。そんな王女殿下に少しでも温かくなっていただければと、私は私自身を差し出したのだが……。

「うぅ、ごめんねイリオーデ……貴方だって寒いのに私ばっかりこんなに温まってしまって……」
「い、いえ…………問題ありません……」

 何せ、私は今とても全身が熱いですから。
 私の胸元から、可愛らしいお顔で王女殿下がこちらを見上げてくる。何を隠そう──現在、寒さを紛らわす為に王女殿下は私にぴったりと抱き着いている形なのだ。
 王女殿下に温まっていただく為に、マントを使い、私に抱き着く王女殿下を包み込んでいるのだが、あまりにも。本当に、つらい。

「ルティも寒い中頑張ってくれてるのに、私ばっかりこんな……くしゅんっ、ぁあもう……寒さには強い筈なのに何でこんな……っ」

 こんな時に不謹慎ではあるが、まるで子兎のように震える王女殿下があまりにも可愛らしくて、私は叫び出したい気持ちを必死に堪えていた。

 実は今より十数分前、雪道にて馬車の魔導具が故障した。除雪魔導具とは言うが、その実熱を発して雪を溶かすだけの魔導具。
 しかしそれが故障した事により馬車が止まり、更には除雪魔導具の副次的効果でもある暖が無くなったので、馬車の中も急激に冷え切ってしまった。

 現在、ルティと御者が除雪魔導具の故障に関して外で懸命に対処している。私達は何も出来ないので、外よりかは比較的温かい馬車の中で待機だが。
 あまりにも急な寒さに王女殿下の繊細な御身体は耐えきれなかったようで、今こうして私で暖を取っているのだ。

「イリオーデはあったかいね。イリオーデがいてくれたから、寂しくて凍える事もないわ……」

 おやめ下さい王女殿下! 貴女様はいつもそうだ! そうやって私を喜ばせるような事ばかり!! 
 そうやって人懐っこい猫のように頬をスリスリしないで下さい。あまり私の胸元に耳を近づけないで下さい。私の心音を聞かないで下さい!

 このままだと本能のままに王女殿下へと礼讃の言葉の数々を告げてしまう。およそ常識的ではない行動に出てしまう!
 王女殿下の熱を、香りを、息遣いを、声を、髪を、指を、足を、全てを堪能したくなる。
 王女殿下の全てが知りたい。私の人生の全てである王女殿下を知りたいという欲求が、抑えきれなくなる。

「イリオーデ、顔赤いよ? もしかして風邪ひいたとか……!?」
「何でもございません……っ、私は大丈夫です!」
「え、本当に大丈夫なの……?」

 明後日の方を見て、理性を総動員して受け答える。
 私の頭の中では模擬戦の際に聞いたケイリオル卿の言葉が反芻される。
『例え何があろうとも、絶〜〜〜っ対に間違いだけは起こさないで下さいね!』
 間違いを起こすつもりなど全く無いのに、私の理性はかつて無い程に限界ギリギリだ。それはもう、起こすつもりの無い間違いが起きてしまいそうな程。

 もし万が一間違いなどを起こした日には、私はこの命を以て詫びよう。お守りすべき王女殿下に害を成す私なぞ存在価値が無い不要物だ。早々に処分するに限るだろう。
 そうやって、ケイリオル卿の言葉でなんとか持ち堪える。
 その後、魔導具を修理したルティが戻って来るまでこの状況は続き、私の中でも特に辛かった事件としてこれは記憶に鮮明に残る事となった。

 ……それにしても、王女殿下は些か無防備すぎやしないか? いくら私が王女殿下の騎士と言えども、大人の男相手にああも無防備に身を預けるなんて。
 これは、ハイラが狼狽える程に心配するのも無理はない。
 ちらりと王女殿下の方を見ると、どうしたのとばかりに小さく首を傾げ、王女殿下が私に微笑みかけてくださった。
 その瞬間、私の欲まみれの頭はあの時の熱を思い出す。慌てて顔を逸らして頭を冷やそうと何度か馬車の壁に額を打ち付けた。
 馬鹿か! 何を考えているんだ私は!!

「え!? ちょっと何してるのいきなり!?」
「……ついに頭がおかしくなったのか?」

 王女殿下の驚愕が聞こえる。

「──いえ。ご心配には及びません、少し頭を冷やしたくなっただけですので」
「いやそれは流石に無理だって、目の前でこんなの見て心配するなって方が無理あるって!」
「っ! 王女殿下の御前にてこのような醜態を晒してしまいました事、心よりお詫び申し上げます……!!」
「そんな事で謝らないでよ……それより額は大丈夫なの? 凄い勢いで打ち付けていたけど、痛くないの?」
「痛みは……多分ありません」
「多分??」

 王女殿下の優しさとルティの殺意に触れて、少しは頭が落ち着いて来た。
 だがそれでも。あの時間の記憶が私の中から消え去る事だけは絶対になかったのだった……。