(──あァ、そうだ。オレサマが何でこんなちっせぇ事に固執してんだって話ではあるが……確かにオレサマは、アイツに対して引け目を感じてる。アイツを死地に行かせ泣かせた事が、ウゼェぐらいに記憶から消えねぇ)

 それこそが、この悪魔の行動理由。つまるところ──罪悪感だった。
 悪魔がまず手にする筈の無い、悪魔という存在から最も縁遠いもの……それをこの悪魔は得てしまったのだ。
 狂わされた歯車が歪み、あってはならない形で噛み合い動き出す。潤滑油無しで無理やり動くブリキの玩具のように、その歯車はゆっくりながらも着実に動き、回転する。

 人ならざる者の運命にまで干渉する、ある少女の夢。彼女を台風の目として吹き荒れる嵐に巻き込まれたシュヴァルツは、無意識のうちにそれに呑まれ、嵐の影響を強く受け変質した。
 その為今の彼は──……それ以前と比べると、狂った精神状態なのである。

「だからぼくは決めた。これは、マクベスタとかイリオーデとか……あの辺の抱く贖罪だとか恩返しだとかああいうのとは違う、誰にでもあるただの気まぐれ。アイツを夢を叶えさせて、アイツの望む幸せとやらを形にして、それで……アイツの面白おかしい人生を最期まで見届けるって決めた。ただそれだけの事だ」

 それは、紛れもないこの悪魔の本音だった。
 ただ単純に『こんな所で死なせるには惜しい人間だ』と思っている節もあるが、シュヴァルツ──……悪魔は間違いなく本心から、アミレスの面白おかしい人生を見たいと望んでいた。

「だから安心しろ。ぼくが何者であろうとも、おねぇちゃんがこの世界にいる限りは……いや、アイツがアイツである限りはこの世界に何もしねぇから。そもそもぼく人間に興味無いし」
「…………それが君が彼女に協力する理由なんだね。何と言うか……分かっていたけど王女殿下は色々と規格外だなぁ。精霊だけじゃなくて君みたいなよく分からない人まで味方にするなんて。調教師とか向いてそう」
「ハハハッ、確かに言い得て妙だな。おねぇちゃんにはぼく達みたいな生きる事に飽きて来た連中を魅了する力でもあるんじゃねぇの? お前等は知らないみたいだけど、おねぇちゃん本物の竜種も手懐けてるし」

 失礼な事を言われたにも関わらず、シュヴァルツはどこか楽しそうに笑っていた。どうやら、調教師なんてアミレスに似合うようで似合わない単語が少しツボに入ったらしい。

「「「──竜種!?」」」
「竜種……とはナトラの事か」
「見た目は完全にガキなのに、あれで中身が緑の竜だって言うんだから驚きだよな……」

 竜種なんて単語に目が飛び出す三人の横で、アミレスと共に危機に瀕するオセロマイトに行っていたディオリストラスとシャルルギルは、記憶に残る翡翠色の髪の幼女を思い出して苦笑する。
 そんな二人に、ラークとユーキによる二人共知ってるの? と言いたげな視線が向けられる。ディオリストラスとシャルルギルはその視線に気づくと躊躇いがちに一度、縦に首を振った。

「そういうワケだから、おねぇちゃんにはぼく含め人間視点でと〜っても厄介なのが懐いてるって言うのにさ、そんなのお構い無しにおねぇちゃんには死の運命が纏わりつくわ、おねぇちゃんの身内クソだわでぼく等も困ってんの〜〜」

 皇太子を脅すぐらいしか今のぼくには出来ないし。とシュヴァルツは愚痴をこぼす。
 それを聞いた私兵団の面々は、(皇太子を脅したのか……?!)とシュヴァルツの向こう見ずに恐怖する。

「てか話逸れすぎ。おねぇちゃんからの仕事は分かった? 分かったな? この場にいない奴等にもお前等から話しとけ。現場責任者はお前だ、ラーク。計画の進行管理とぼくへの報告義務、忘れんなよ。大まかな計画についてはその紙に書いてあるから」
「え、ちょっ、俺なの?」
「だってこの中で一番バドールとクラリスの気持ちに寄り添えるのはお前だろ。あと、この中だとお前が一番話が早いし頭も回るから、後が楽そうじゃん」
「…………分かった。やるよ。やればいいんだろ?」
「うん、ヨロシク!」

 シュヴァルツのある一言で、ラークの顔が一気に険しくなる。しかしシュヴァルツはそれさえも予想通りとばかりに、片目を閉じ舌をペロッと出して無邪気に返事した。

(あの様子だと、やっぱ隠してるみてぇだな。まァ、オレサマにゃ関係ねーけどよ。何事も適材適所。そんで使える人材はとことん使い倒す。これ鉄則〜♪)

 ようやくひと仕事終えられたと、シュヴァルツは上機嫌に「じゃあぼく帰るから」とディオリストラス宅を後にした。