「よぉ、お前等。腹立つ事にめ〜っちゃ多忙なおねぇちゃんに代わってぼくが仕事届けに来てやったぞぉ!」

 バンッと扉を開け放ち堂々と人の家に侵入したのは、侍女《メイド》服に身を包み、大きな箱を両手で抱えた傲岸不遜の少年。
 いつものぶりっ子笑顔もなく、シュヴァルツは『機嫌が悪いです』と大きく書かれているかのような顔で、輩のようにとある者達の元を訪れていた。

「あのな、シュヴァルツ。扉を足で開けんじゃねぇよ」
「見ての通り両手塞がってるんだから仕方ねーだろ。壊さなかっただけ褒めて欲しいっつの」
「口悪ッ! オレ達にだけシュヴァルツ口悪い!!」
「口悪いのは元からですぅ〜、ぼくはおねぇちゃんの前でだけ猫被ってるんですぅ〜〜」
(それ、絶対誇る事じゃないでしょ…………)
(程度の低い争いだなぁ)

 シュヴァルツが訪れたのはアミレス直属の私兵団の元。先述通り、シュヴァルツはアミレスの代わりに彼等に仕事を届けに来たのである。
 のっけから態度の悪いシュヴァルツをディオリストラスが諭そうとし、そこに更にジェジが突っかかる。
 その場に居合わせたユーキは呆れたように息を吐き、同じくしてラークは微笑ましくそれを見守る。

「んで、殿下からの仕事《めいれい》って何だ。俺達は何をすればいい?」
「あーそうそう。これが目的なんだった。えーっとねぇ……クラリスとバドールはいないな、よし」

 キョロキョロと辺りを見渡して、シュヴァルツは特定の人物がいない事を確認する。

「何で二人がいたらまずいんだ?」

 階段を降りてきて、ぬるっとシャルルギルが会話に混ざる。

「おねぇちゃんが、『二人にはある程度計画が進むまで絶対内緒で!』って言われてるから。あと、超極秘特別任務だとも言われたよ」
「「超極秘特別任務ぅ……?」」
「『これの成功には私兵団皆の協力が不可欠なの!』っておねぇちゃんが言ってた。話聞いた限りだと、ぼくはイマイチ理解出来なかったけどな」

 疑問に声を揃えるディオリストラスとラーク。その間もシュヴァルツは淡々と箱の中を物色する。
 そして「あった。これ見て」と言って一束の紙を取り出して机の上に置くと、その場にいた私兵団の五人は一斉にそれを覗き込んだ。

「──バドールとクラリスの……」
「結婚式を」
「「盛大に挙げちゃおう計画!?」」

 ラーク、シャルルギル、ディオリストラス、ジェジの四人が次々にその紙にでかでかと記された文言を口にする。
 ユーキに至っては、「えぇ……?」と心からの困惑を漏らしている。

「毎度おなじみ、超お人好しおねぇちゃんのお節介だよ。この前メアリード伝に、バドールがクラリスに求婚《プロポーズ》したがってるって聞いたらしくて、そのお膳立てと諸準備をやろうって張り切ってた。自分も忙しい癖にね」

 どこか不満げな様子で、シュヴァルツは事の背景を語る。

「『くそっ、じれってーな! 私、あの二人をいい感じの雰囲気にして求婚《プロポーズ》の機会を作りたい!』って、やたらと楽しそうにこの計画立ててたよ」

 なんかおねぇちゃんの推しカップル? の一つらしいよ。とシュヴァルツは付け加える。それを聞いた一同は、(推しカップル……??)と眉を顰めた。

「相変わらず殿下の考えは読めねぇな……」
「本当に……私兵の結婚式を挙げたがるって、皇族の価値観はよく分からないな……」
「だが、もし本当にあの二人が結婚するとして、自主的に結婚式を挙げるとは思えない。そう考えると王女様が二人の結婚を挙げて二人の門出を祝ってくれるというのは、俺達としても嬉しい事じゃないか?」
「シャルの言う通り……なんだけど、お願いだから急に的を射た事言わないで。シャルがまともな事言ってるとこっちが不安になるんだ」
「何でだ」

 ディオリストラスやラークがアミレスの奇想天外っぷりにたまげていると、シャルルギルが珍しくまともな事を口にした。
 酷い話ではあるが、ラークはそれにもかなり驚いていた。

「とりあえずバドにぃとクラねぇの結婚式するんでしょ、オレさんせー!」
「別にまだやるって決まった訳じゃないでしょ……本人達が結婚するって決めた訳でも無いのに」
「じゃあどうやって結婚式するんだ? オレはバドにぃ達の結婚式したいんだけど!」
「はぁ……馬鹿はちょっと静かにしててよ……その辺も含めて、王女《かのじょ》はそいつを寄越したんでしょ」

 ユーキの長い前髪の隙間から、一瞬、宝石のような輝きを放つ瞳がシュヴァルツを捉えた。
 退屈そうに欠伸をしていたシュヴァルツはその視線に気付き、空いた手で指をくるくると動かして紙の束を空中に浮かべ、更にはパラパラとそのページを捲った。
 その様子にぽかんとするディオリストラス達に向け、シュヴァルツは気だるげに口を開く。

「えーっとぉ……どの道バドールがクラリスに求婚《プロポーズ》するのは確定で、私兵団の給料とどっかの店での給料を合わせると、そろそろシャンパー商会で結構お高めの指輪とかを買えるぐらいには貯まってるだろうから、多分そう遠くないうちに求婚《プロポーズ》するでしょ」

 懐から、毒々しい色の棒付き飴を取り出し、それを小さな舌で舐めながらシュヴァルツは説明する。