何せいらっしゃるのは帝国唯一の王女殿下であり、氷結の聖女と名高い慈悲深き御方。そして、イリオーデ坊ちゃんの生きる理由そのものだという御方。
 そんなやんごとなき御方に加え、イリオーデ坊ちゃんまで十数年越しにここを訪れるとなれば、当然、生半可なおもてなしをする訳にはいかない。
 例え王女殿下がいかに慈悲深い御方であろうとも、絶対に粗相をする訳には──、

「っ! お帰りなさいませ、イリオーデ坊ちゃん! 爺はこうしてまたイリオーデ坊ちゃんにお会い出来て幸福ですぞ!!」

 嗚呼、やってしまいました。醜態は晒すまいと決めていたのに。
 想像していたよりもずっと大きく、夫人に似た美しさと侯爵様に似た逞しさへと成長なされたイリオーデ坊ちゃんを見て既に涙が込み上げていた。

 そこに止めとばかりに、イリオーデ坊ちゃんから「ただいま」と……その一言が聞けて。この老いぼれはもう涙腺が限界を迎えてしまったのです。
 だが安心する事に、私以外の古い侍従達も同様に泣いていたので不思議と羞恥は感じない。

「……こうなるって分かってたから、あまり、言いたくなかったんだ…………そもそも私はもう坊ちゃんなんて呼ばれる歳でもない。二十三だぞ」
「例えおいくつになられようとも、爺にとって坊ちゃんはいつまでも坊ちゃんにございます。……本当に、こうしてまたお会い出来て何よりです、イリオーデ坊ちゃん」

 もう、二十三歳になられたのですね……そんな感慨深さから、老いぼれは涙を止める事なく、王女殿下の御前で醜態を晒し続ける。
 しかし王女殿下はそんな情けない我々を咎める事無く、イリオーデ坊ちゃんと仲良さげに話していた。

「親しい人と再会出来て良かったわね、イリオーデ坊ちゃんっ」
「王女殿下……!? お、おやめ下さい……っ、そのようなお戯れは…………っ!!」

 ……イリオーデ坊ちゃん、が……あんな感情豊かに……ッ!?
 我々は唖然とし、十歳近く歳の離れた王女殿下相手にたじたじなイリオーデ坊ちゃんを凝視する。昔のイリオーデ坊ちゃんからは想像も出来ない姿。
 だがどうしてか、この姿こそがイリオーデ坊ちゃんの本来のお姿のように思えてくる。

 我々の知らない間に、こんなにもイリオーデ坊ちゃんが人間らしく成長なされたなんて。その事がとても嬉しい。また涙が溢れそうになる。
 こんな爺の涙、イリオーデ坊ちゃんからすれば鬱陶しいでしょうが……それでも爺は感動せずにはいられないのです。
 この老いぼれが生きているうちに今一度イリオーデ坊ちゃんと言葉を交わす事が叶い、イリオーデ坊ちゃんが人並みの幸せを掴んでいて、ああして自分らしく生きてくださっている事が…………本当に、心から嬉しいのです。

 おめでとうございます、イリオーデ坊ちゃん。
 そしてありがとうございます、イリオーデ坊ちゃん。

 貴方が幸せでいてくださる事が、この爺にとっては一番の幸せなのです。

『───じぃ、剣のくんれんにつきあってくれ。ははがおまえは剣のめいしゅだといっていたから』
『───あ! ずるいぞイル! 僕だって爺に教えてもらうんだ!!』
『───カカカッ、この爺、例え坊ちゃん達相手でも手加減はしませんぞ?』

 もう二度と剣を握る事はないと思っていたこの老いぼれに、今一度剣を握る機会を与えてくださった、幼い未来の騎士達。
 元ランディグランジュの騎士として私が最後に教えた幼き騎士達が、こうして形違えど騎士となってくれた事が我が事のように嬉しいのです。
 老いぼれの最後のささやかな願望を叶えてくださり、ありがとうございます、坊ちゃん──。