ランディグランジュ領の端にある、このランディグランジュ侯爵家の別荘の管理を任されるようになってから、早三十年。
 本当に慌ただしく目まぐるしい日々であった。

 特に、あのアランバルト坊ちゃんが爵位簒奪なんて事件を起こした時は……領民一同戸惑いを隠せなかった。
 しかしそんな私達の元にわざわざお越しになって、アランバルト坊ちゃんは今にも壊れてしまいそうな脆い精神状態で、その口から真実を話して下さった。
 アランバルト坊ちゃんがイリオーデ坊ちゃんの為に侯爵様を手にかけた事。時を同じくして不運な事故で夫人も亡くなってしまった事。そして、イリオーデ坊ちゃんが行方不明になった事。

 アランバルト坊ちゃんとイリオーデ坊ちゃんは、お世辞にも世に言う仲良し兄弟ではなかった。アランバルト坊ちゃんはイリオーデ坊ちゃんを愛していたが、イリオーデ坊ちゃんの方がよく分からなくて……イリオーデ坊ちゃんは誰に対しても同じで、それは実の両親であった侯爵夫婦相手でもさほど変わらなかった。

 それでもアランバルト坊ちゃんはイリオーデ坊ちゃんの事を『羨ましいぐらい才能に満ちた自慢の弟』と言って可愛がっていた。
 そんなイリオーデ坊ちゃんの為に仕組んだ爵位簒奪の末に、ご両親だけでなくイリオーデ坊ちゃんまでもを失うなんて…………そう、爺はいつの間にかアランバルト坊ちゃんを抱き締めておりました。

『アランバルト坊ちゃん……っ、必ずや、爺が侍従長の名にかけてこの屋敷を──坊ちゃん達の思い出が詰まったこの屋敷を守り抜いてみせますぞ! ですからどうか……どうか、アランバルト坊ちゃんも無理だけはせず、頑張ってください……!!』
『……ああそうだな。ありがとう、爺。イリオーデがいつでも帰ってこられるように、俺、頑張るよ。こんな俺にこんな事を言う資格があるのか分からないけど、皆……どうか支えて欲しい』

 あの時、切実な言葉と共に下げられたアランバルト坊ちゃんの頭は、未だ目に焼き付いている。
 それ以来と言うもの、我々領民一同はアランバルト坊ちゃんを支え、時に支えられながら必死に頑張って来た。何度も何度も失敗と反省を繰り返し、ようやく領地の運営も落ち着いて来たという所で、帝都からこの屋敷に一通の手紙が届いた。

 それはアランバルト坊ちゃんからの手紙で、その内容を見て、古くから屋敷にいた侍従達は皆涙を流して大喜びした。
 ──イリオーデが見つかった。あいつは、夢を叶えて幸せそうに生きている。
 そう書かれた涙の跡が窺える手紙を見て、我々は安堵から年甲斐もなくお祭り騒ぎだった。

 そんなお祭り騒ぎから、かれこれもう一年。我々はアランバルト坊ちゃんから緊急で送られてきた手紙を見てぎょっとした。
 ──今度、この日に王女殿下御一行が屋敷に泊まる事になったから、後は頼んだ。すまん。追伸・その中にはイリオーデもいるぞ。
 その手紙が届いた日からというものの、ランディグランジュ領が領主城に応援の侍従を派遣するように頼み込み、我々は忙しなく準備に奔走した。