「まさか、しりとりがここまで奥深く計略について考えさせられる遊びだとは……王女殿下が私達に気づかせたかったというものは、『どのような状況であれど常に深く思考を巡らせるという事の重大性』だったのだな」
「それだけではなく、主君はこういった何気無い場だからこそ新たな知識を貪欲に得る事が出来ると気づかせてくれた」
「たかが言葉遊びと意識してこなかった事が恥ずかしい…………」
「脳を鍛える事も出来るし、知識量を測る事も出来る。ふむ……騎士君、今度また改めて勝負しようか。俺が勝つけどね」
「イリオーデだ。その勝負受けて立とう。返り討ちにしてやろうじゃないか」

 出発してから数十時間後。珍しく雪の勢いが弱いのでもうこのまま一気に向かおう! と御者に伝え、ほぼ休み無しでランディグランジュ領南方まで無理に進んだ結果、今日はランディグランジュのお屋敷にお邪魔する事になった。
 実は、この旅程を立てる際にイリオーデが珍しく自分から意見を述べたのだ。

『王女殿下。このルートでしたらランディグランジュ領に泊まるのが宜しいかと。領主の城とまではいきませんが、丁度領境付近にランディグランジュ所有の屋敷が一つある筈ですので、そこで休むのが丁度いいかと私は具申します』
『いいの? 私からしたら凄く助かるけれど』
『当然にございます。王女殿下のお役に立てるなど、ランディグランジュ最大の誉れです』

 彼の提案に従って、ランディグランジュ侯爵にその旨についての書信を送った所まさかの快諾。『ランディグランジュ領が領民一同、王女殿下の来訪を心待ちにしております』という返事が届いた。
 その言葉に甘えて、私達は今日ランディグランジュのお屋敷を訪ねたのだ。

「ようこそお越し下さいました王女殿下!」
「私が当屋敷の侍従長のオセメスです。短い間ですが宜しくお願い致します。ランディグランジュ領民一同、王女殿下のご到着を今か今かと待ち侘びておりました」

 大勢の使用人達がズラリと並んで私達を出迎える。

「はじめまして、ランディグランジュ領の皆様。今晩はお世話になりますわ」

 お世話になるんですもの、心ばかりの品ですが……と言いつつ、あらかじめアルベルトに持ってもらっておいたワインが四本入った箱を、侍従長のオセメスさんにお渡しする。
 オセメスさんが「このような物をわざわざ……!」と少し感動した様子を見せている時、周りの使用人達の視線がイリオーデに集中している事に気づいた私は、右斜め後ろに控えるイリオーデを肘で小突いて、

「ここの人達に何か一言ないの?」

 小声でイリオーデに圧をかけた。
 それに少し戸惑った様子を見せて、彼は間を置いてからおもむろに口を開いた。

「……久方振りにこの屋敷に来られて嬉しく思う」
「「!!」」

 イリオーデの言葉に、特にご年配の使用人の方々が強く反応する。オセメスさんなんて今にも泣き出しそうだ。

「他にはないの? ただいまとか、元気だったかーとか」

 お節介な私は更に小声で圧をかける。するとイリオーデは少し恥ずかしそうに視線を逸らして、

「…………ただいま、オセメス。息災だったか?」

 ボソリと呟いた。

「っ! お帰りなさいませ、イリオーデ坊ちゃん! 爺はこうしてまたイリオーデ坊ちゃんにお会い出来て幸福ですぞ!!」
「……こうなるって分かってたから、あまり、言いたくなかったんだ…………そもそも私はもう坊ちゃんなんて呼ばれる歳でもない。二十三だぞ」
「例えおいくつになられようとも、爺にとって坊ちゃんはいつまでも坊ちゃんにございます。……本当に、こうしてまたお会い出来て何よりです、イリオーデ坊ちゃん」

 ぶわっと涙を溢れさせて、オセメスさんを始めとした何人かの使用人が幸福を口にする。
 色々あって十年ぐらい前にイリオーデは家を出たって言ってたけど、ランディグランジュ侯爵と言い使用人の人達と言い……皆、イリオーデの事を心から愛してるんだな。

「親しい人と再会出来て良かったわね、イリオーデ坊ちゃんっ」

 内なるいたずらっ子が表に出てしまった。特にからかう意図はないのだけど、これって傍から見たら上司が部下をからかってるようにしか見えないわね。
 パワハラ、ダメ、ゼッタイ。

「王女殿下……!? お、おやめ下さい……っ、そのようなお戯れは…………っ!!」

 顔を赤くして、子犬のような様相でイリオーデは懇願してきた。それを見てどうしてか私の心臓はキュンっ、と高鳴った。
 もしや、新たな性癖の扉を開いてしまったのかもしれない。

「……主君。お身体が冷えてしまいますので早急に暖炉のある部屋に行くべきかと」
「ああ、それもそうね。侍従長、案内頼めるかしら?」

 どこかムスッとしたアルベルトが、流石の演技力で完全に侍女に扮する。

「は、はい! こちらの者達が、当屋敷で王女殿下のお世話をさせていただく者達です。リオナ、モク、ミースティリア、カノル、ユーファ、ご挨拶を」
「「「「「よろしくお願いします、王女殿下!」」」」」

 慌てて涙を拭うオセメスさんに呼ばれて、侍女が五人私の前に並ぶ。リオナさんとモクさんはベテラン侍女と思わしき貫禄のある妙齢な女性。
 ミースティリアさんとカノルさんとユーファさんは先の二人と比べたら若く、クラリスやハイラと同年代に見える。
 随分とまあ活き活きした顔で、彼女達は私に向けて元気よく挨拶した。

「よろしくお願いします、皆さん」

 これはもう慣れたものだ。ニコリと微笑み、私は人あたりのいい人を演じる。
 さて移動しようかという時、オセメスさんが「お荷物をお運びします」と口にして、何故か全く荷物が無い事に気づいて首を傾げていた。

「王女殿下、お荷物の方は……?」
「荷物ならうちの侍女が持っているので問題ありませんわ。とりあえず、案内してくださる?」
「か、かしこまりました」

 荷物はうちの侍女が持っているという私の言葉に、オセメスさんやここの侍女達が戸惑いの息をもらす。
 何せ、私の侍女(アルベルト)は荷物らしい荷物を一切持っていない。だからどういう事なんだと、彼女等は目を合わせる。
 しかしあまり追求されても面倒なので、早く案内してくれと申し出る。気分はさながら暴君だ。