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 ケイリオルさんの試験をクリアし、無事に三人で大公領に向かう事を許可されたので、私は意気揚々と荷物を纏めていた。
 準備中のナトラの刺すような視線が痛かったな。
 そしてついに訪れた出発日。最後の悪あがきとばかりに、ナトラとシュヴァルツが「アミレスの誕生日を祝えぬなどふざけておるのじゃ!!」「このままだと、おねぇちゃんはぼくの誕生日も祝ってくれないじゃんか!」と騒ぐ。

 シュヴァルツの誕生日は一月一日。めちゃくちゃ私の旅程と被っている。それがどうにも気に入らないようで。
 じゃあその日もカイルを呼び出して、一旦帰ってくるから。と宥めてようやくシュヴァルツは大人しくなった。不貞腐れてはいたけど。

 そう、何を隠そう──私の誕生日問題については、カイルの力を借りる事で解決したのだ。
 何でも、カイルが私の誕生日当日だけ一時的に東宮に転移させてくれるらしいのだ。それで東宮に戻って、ありがたくも誕生日を祝ってもらい、誕生日が終わればまた元の場所に戻り、帰路につく。
 大まかにはそんな流れになった。

 それでなんとか皆を説得し、私はついに東宮を出発する時を迎えた。これからイリオーデとアルベルトと二人で御者の引く馬車に乗るんだけど……アルベルトが何故か女装している。『この方が怪しまれないので』と言っていた。
 その為、とんでもねぇ黒髪清楚美人が私の目の前にいる。

「おねぇちゃんに何かしたらお前等どっちもブッ殺すからな!!」
「末代まで我の呪いで苦しめてやるからな、覚悟しておくのじゃ」
「……イリオーデ、ルティ。当然、分かってるだろうな」

 お見送り組が物騒な言葉を吐く。シュヴァルツとナトラはまぁいつも通りだからいいとして、マクベスタどうしたの。そんな顔して……寒いからお腹痛いのかな?

「マクベスタ、お腹痛いなら見送りなんかしてないで、もう中に戻ってていいのよ?」
「いや、何の話だ?」
「だってお腹痛いからそんな険しい顔してるんでしょう」
「…………特に腹痛などはない。顔は……生まれつきだ」
「生まれつき?! そんな事はないでしょう!」

 だって貴方の笑顔知ってるもの! と主張すると、はぁ。とマクベスタは落胆したようなため息を一つ。
 お腹痛いって大勢の前で言われたのが恥ずかしかったのかしら。気が利かなくてごめんよマクベスタ……。

「主君、そろそろ出発の時間です」
「そうね。それじゃあ行ってきます。ナトラ、シュヴァルツ、マクベスタ、留守番よろしくね」

 騒ぐ私に、どこからそんな声が出てるんだと疑問の中性的なハスキーボイスで、アルベルトが出発を促す。
 普段は執事服の彼だが、今はカツラを被り侍女の制服を着て化粧もしているようで、もう侍女にしか見えない。諜報部の変装技術どうなってるのよ。
 イリオーデにエスコートされ、しっかり皇家の紋章の入った最上級の馬車に乗り込む。後からイリオーデとアルベルトも乗って来て、私の向かいに二人共座った。

 うわぁ、絵になるなぁ……なんていう風に二人を暫く眺めていたものの。一時間もすれば流石に暇を覚える。
 加えて、イリオーデもアルベルトも自発的に発言するタイプではなかった。つまり──馬車の中はとても静かなのである。

「イリオーデ、ルティ。貴方達に折り入って話があるのだけど」
「は、何なりと」
「いくらでもお相手になりましょう」

 私が無駄に重々しく切り出したからか、二人は非常に真剣な面持ちとなっていた。しかし、これはそれなりに重要な問題だからこれぐらいの空気感でいいわ。
 すぅ、と軽く息を吸って、改めて私は口を開く。

「──しりとりしましょう」
「「…………」」

 ぽかんとする二人。しかしすぐさまハッとなり、イリオーデはおずおずと口を開いた。

「しりとり、とは…………幼い子供達が雨の日などに軒下で行う、あの……しりとりですか?」
「待て、騎士君」
「イリオーデだ」
「主君がわざわざこのようなご提案をしたんだ。これには何か深いお考えがある筈だ。そもそも俺達の知るそれと、主君の語るそれが違う可能性だってある」
「……確かに一理ある。王女殿下自ら仰ったのだ。まさか、誰にでも出来るしりとりという言葉遊びに何か特別な意味が……」
「何せ主君直々のご提案だからね」
「ああそうだな……」

 何を言ってるのかしら、この人達は。十三歳の王女がしりとりしようって言ったんだから、それはもうただしりとりがしたいだけに決まってるでしょう。
 あまりにも馬車での時間が退屈で、何より静寂が辛くて。
 だから少しでも空気を変えようと、しりとりしようって提案しただけなのに。