(でも。この中で一番恐ろしい存在はイリオーデ卿でも、ルティでもない。それは間違いなく──……彼女だ)

 そして最後に。ケイリオルの視線は個の怪物と呼ぶべきイリオーデとルティを従える王女、アミレスに向けられる。
 十三歳という歳から考えると他と比べて成長しているものの、それでも彼女の体は騎士達より遥かに小さく、その膂力など比べる事が馬鹿馬鹿しい程に弱い。
 それなのにアミレスは騎士達を翻弄していた。ありとあらゆる点において鍛え上げられた騎士達に劣っていそうな少女は、相手の攻撃を恐れる事無く果敢に突撃しては素早く敵を斬る。

 約七年。精霊達から様々な戦い方を学び、そしてそれを我が物とした彼女は──その身に流れる氷の血筋も相まって、圧倒的な戦闘能力を有していた。
 フォーロイトの恥と……無能な出来損ないの烙印を押され、家族から見捨てられた少女は、死にたくないからと血の滲むような努力でもって才能を開花させた。
 その結果、皮肉な事にこの世で最も氷の血筋(フォーロイト)らしい強さと狂気を手に入れてしまったのだ。

(……やはり、彼女が氷ではなく水の魔力を持って生まれたのは何らかの代償、なのだろうか。現時点で既にフリードル殿下には余裕で勝てるだろうし、僕《わたし》や陛下相手でも実力は拮抗するやもしれない。あれでまだ十三歳の少女だと言うのだから恐ろしい…………あのような少女が氷の魔力まで持っていたならば、この国は波乱に見舞われただろうな。最悪の場合、あの時(・・・)のような殺し合いが……)

 ケイリオルは数十年前を思い出し、重く息を吐き出した。
 色好きな先代皇帝陛下には皇后が一人と皇妃が四人、そして血を分けた子供が十人近くいた。
 中々後継者を決めようとしなかった先代皇帝陛下は、やがて子供達に告げた──、
『最も強き者に、この玉座を譲ってやろう』
 この言葉を皮切りに血の繋がった兄弟姉妹での殺し合いが始まる。まず真っ先に殺されたのは皇后と四人の側室だった。

 実の息子によって皇后が殺され、四人の側室のうち三人は別腹の子供達に殺された。最後の側室については、【ルーデニシア皇妃は息子である■■■ルの手によって永遠の眠りについた】と記録されている。その名前の部分だけ掠れていて読み取れないらしい。
 後のフォーロイト帝国皇帝であり当時はただの王子に過ぎなかったエリドルは、まず初めに、唯一同じ母親を持つ無抵抗な弟を殺した。本人がそれを望んだ為、死なせてやったのだ。

 その後彼も殺し合いに参加する──かのように思えたが、違った。エリドルは先代皇帝陛下が起こしたハミルディーヒ王国との戦争に出征し、やがて戦場の怪物という呼び名を轟かせた。
 殺し合いなんて面倒な事をするぐらいならば、こうして戦場で圧倒的な力を誇示する事こそ強さの証明になる。そうエリドルは考えたのだ。

 戦場の怪物がハミルディーヒ軍を壊滅させんとしている間、フォーロイト帝国帝都が王城では、熾烈な後継者争い(殺し合い)が繰り広げられていた。
 十人近い王子と王女は、誰も彼もが例外なく氷の魔力を持ち、拮抗した実力で殺し合う。
 後継者争いは四年程続いた。その勝者は──第五王子、エリドル・ヘル・フォーロイトだった。

 戦場の怪物として名を馳せる傍らで、他の追随を許さない圧倒的な戦闘能力でもって兄弟姉妹を次々に殺害していった。皇后や皇妃、行方知れずとなった第二王子、第一王子の手で殺された第七王子と第一、第三王女を除いた全ての皇族を彼は殺した。
 ……──そのような惨劇を引き起こす原因となった先代皇帝陛下も、躊躇せず殺したのだという。

 ケイリオルはその惨劇を知っていた。誰も彼もが強い力を持ち、実力が拮抗していた為に起きた後継者争いの惨劇。
 それがあったからこそ、今は亡き皇后アーシャは息子と娘が一人ずついればいいと……そう語っていたのだ。

 四年の後継者争いの末、エリドルは当時十八歳という若さで皇位についた。その男は──戦場にて敵の死体で氷山を作り上げた事から戦場の怪物と呼ばれ、腹違いの兄弟姉妹を殺した事から、無情の皇帝と呼ばれるようになる。
 その隣には、得体の知れぬ謎の男。それが無情の皇帝とその側近の、残忍で栄華極まる記録の始まりであった。

(……そう考えると、彼女に氷の魔力が無くてよかったと思えてくる。氷の魔力を持たないフォーロイトには、そもそもの継承権が与えられませんし)

 氷の血筋(フォーロイト)の象徴とも言える氷の魔力。かの一族の血が流れる者は押しなべてその魔力を持って生まれた。
 故に皇位継承権は氷の魔力を持つ者のみに与えられる。つまりは皇族として生を受けたその時から、普通ならば継承権をも与えられる事になる。

 寧ろ、氷の血筋(フォーロイト)の長い歴史の中でその普通から外れた者は一人もいなかった。
 そうだ。アミレス・ヘル・フォーロイトは、普通ではない。出来損ないや無能と言うよりかは、異常と形容すべき存在。
 しかしその異常性に助けられたと、ケイリオルは肩を撫で下ろす。