「ちょっとした別件で仕事を任せてるの。まぁそのうち帰ってくるんじゃないかな。個人的にはあと二日は帰って来て欲しくないけど……」

 何故ならあと二日程でついにあれが──アルベルト専用の執事服が完成するから。
 アルベルトが任務に行ってからすぐに、私自らデザインをしてその原画をメイシアに渡し、シャンパー商会に作って貰っているアルベルト専用の衣装。

 人前に出る事はあまり無いからこのままでもいい。と彼は言っていたが、やっぱり諜報部の全身真っ黒衣装は目立つ。なので人前で着ていてもそんなに目立たないであろう普通の服を用意する事にしたのだ。
 一度、健康診断と称してアルベルトのスリーサイズ等は把握したのでサイズの方も問題無い筈。
 後はシャンパー商会が完成させてくれるのを待つだけだ。

「別件で仕事…………王女殿下は、あの男をとても信頼しているのですね」

 捨てられた子犬のようにしゅんとしているわね、イリオーデ。
 ……まぁ確かに、巻き込みたくないからって皆には基本的に何も言わないようにしてるもの、私。そりゃあイリオーデだって拗ねるか。

「彼だって悪い人ではないもの。でもねイリオーデ、私が貴方達に何も話さないのは決して信頼してないからとかではないのよ? 寧ろその逆で……」
「分かっております。王女殿下は我々を信頼し、その御心の欠片でも分けて下さるからこそ、我々には何も話して下さらない。全て片付いてから何事も無かったかのように、貴女様は全てを噂話かのように軽く語り、我々を巻き込まないようにしているのですよね」

 言い訳をしようとしたら先回りされてしまった。
 どうやら、私が皆を巻き込みたくなくて何もかも勝手にやっている事はとっくにバレていたらしい。
 バレていた事についてはこの際どうでもいい。だが問題はこう語るイリオーデの表情だ。
 どうして貴方は……そんなにも辛そうな顔をするの?

「…………ねぇ、イリオーデ。私と一緒に、堕ちる覚悟はある?」

 気がつけばそんな言葉を漏らしていた。
 それにはイリオーデも目を丸くして、息を呑んでいた。

「──無論。私は、貴女様の為ならばどこへでも……どこまでも堕ちる覚悟にございます」

 団服のマントを膨らませてイリオーデはその場で片膝をついた。左胸に手を当てて、恭しく頭を垂れたのだ。
 これはまさに彼の忠義の証。主として、彼の命も人生も預かる者として、私はきちんと責任を取らなければならない。小さく息を吐いて、イリオーデに立ち上がるよう告げる。
 そして、気乗りしないものの彼にも話す事にした。

「それじゃあ、貴方にも私達と一緒に悪になってもらおうかしら」

 ケイリオルさんの元に向かう道すがら。私は周りの人に聞こえないぐらいの小さな声で、イリオーデに今回の計画について話した。
 さしものイリオーデと言えどもディジェル大公領の内乱と聞いて少したまげた様子だったが……何やら終始、そこはかとなく嬉しそうに見えた。

 そんなに戦えるのが嬉しいのかな。とランディグランジュの血筋のフォーロイトに負けず劣らずな戦闘狂っぷりに感嘆のため息を零す。
 そうやって説明し終えて、イリオーデまでもを巻き込む事になった今回の計画。勿論イリオーデには『他言無用よ?』の念を押しておいた。
 シュヴァルツにもナトラにもディオ達にも内緒だからね? と。
 とは言えど。ディオ達私兵団の皆にはここ数ヶ月、超重要任務として貧民街の自警団の育成と統率を任せてるから巻き込む暇も無いんだけどね。

「ようこそお越し下さいました、王女殿下。本当に感謝致します……っ!」

 ケイリオルさんの執務室に辿り着くと、書類の山に囲まれたケイリオルさんに出迎えられた。その顔に着けられた布の下からは、聞いた事もないような彼の喜色に満ちた声が。
 また皇帝に無茶振りされてるんだなぁ、この人。可哀想に……。

「困った時はお互い様ですよ。私は何をすればいいですか?」
「本当に貴女という人は…………では、王女殿下にはそちらの決算の確認をお願いします」
「分かりましたいつもの席をお借りしますね」
「すみません、取っ散らかってて……」

 ケイリオルさんの手伝いももう何度目かなので、これも慣れたものだ。
 定位置に座り、イリオーデにも協力して貰いつつ書類を片付ける。たまに休憩を挟むと、あの一瞬以来、ケイリオルさんに対しての恐怖心がまた無くなってるな。と紅茶片手に彼を眺めていた。
 そうやって特に何事もなく三時間程が経過して、時刻が昼の二時を回った頃。ケイリオルさんが会議の為に離席する事になったので、今日は私もそれに合わせて帰宅する事にした。
 ぺこりとお辞儀をして、先に失礼する。行き同様、帰りもイリオーデと二人で色々と話しながら歩いたのだった。


♢♢


 コンコン、とフォーロイト帝国が皇帝陛下の執務室の扉が叩かれる。皇帝ことエリドルが「入れ」と短く告げると、その扉がゆっくりと開かれて、

「失礼します。お呼びでしょうか、父上」

 濃い銀色の髪に、美しく象られた顔立ちの少年が入室した。
 近頃、通常公務に加えて皇太子妃選定の場にも足を運ぶ必要が出てきてしまい、フリードルは疲労を感じていた。その影響か、彼の氷像のごとき無表情な顔にも疲れが浮かび上がっている。
 フリードルはこの度、エリドル直々の招集とあって、己の仕事を一時放棄してこの場に赴いた。
 今この部屋には呼び出し人たるエリドル、そしてその側近であるケイリオル、最後に呼び出されたフリードルの三人のみ。
 フリードルは疲れを宿す頭を必死に働かせて、呼び出された理由が何なのかと考えを巡らせる。

(父上自ら僕を呼び出す程の何か……皇太子妃を早く決めろという催促か? しかし、それならば言伝だけでいいだろう。何故わざわざ僕を呼び出したんだ?)

 フリードルが必死に考えを巡らせる様子を視て、ケイリオルはエリドルに話を振った。