アルベルトもといルティの『影』叙任式の後、私はまた倒れた。
 皆からすれば私が突然倒れるのはこれで二度目であり、皆を更に過保護にさせる理由としては充分だったようで。

「だーめーなーのーじゃー!」
「ちょっとケイリオル卿の手伝いをするだけだって! 心配いらないって!!」
「その布男の所為でおねぇちゃん倒れたかもしれないんでしょ? そんな男の所に行かせてたまるか!」
「何度目か分からないけど、私が倒れたのはあの人の所為ではないからね?!」

 東宮の玄関前で、私はナトラとシュヴァルツに捕まって身動きが取れなくなっていた。力が異様に強い二人にしがみつかれて、うんともすんとも動けない状況なのだ。

「それに、大司教の方だって言ってたでしょ? 特に問題は見られないから大丈夫って」
「あんな人間如きの言葉、信用出来るわけなかろう!」
「そーだそーだ!」
「大司教を人間如きって……」

 話に聞いていた通り、目覚めてから数日後に大司教の方が一人、わざわざこちらにお越しになった。いらっしゃったのはジャヌアさん。ゲームのミカリアルートでも何度か出てきた偉い人だ。
 大司教の中でも一番に偉いとか、そのレベルの方がいらっしゃったかと思えば……ゲームで見た時よりもやけにへりくだった態度で、彼は診察を始めた。
 ジャヌアさんは誰かに脅されてるのかってぐらい慎重に私を診て、身体的問題は無しとの診断結果を伝えてくれた。

 彼……彼女? はゲーム同様に頭から謎の布を被っていて、診察中も何度か『すみません、この布、邪魔ですよね』と申し訳なさそうに言っていた。
 実のところ、私はこの手の人が一人身近にいるので、頭から布被ってるぐらいではそんなに驚かない。
 ずっと顔に布つけてる人だっているんだもん。頭から布被ってる人がいてもおかしくはないわ。
 そう。私はケイリオルさんで耐性が出来ていたのだ。
 そんなジャヌアさんの診断では特に問題無いとの事なので、別にケイリオルさんのお手伝いに行ってもいいと思うのだけど。

「だーめーじゃー! ほれっ、イリオーデも何とか言うのじゃ! このままではアミレスがまた無茶をしよる!!」
「……私は王女殿下のご意思に従うまで。王女殿下がそうされると決めたのであれば、余程の事が無い限り追従する」
「いやこれは余程の事じゃん! おねぇちゃんの生死がかかってるんだよ!?」

 そんな事はない。たったこれだけの事に生死かけられてたまるか。

「かと言って、我々が王女殿下のご意思に異を唱える訳にはいかない。もしもの時が来る前に、必要があれば私がケイリオル卿を斬る。それで良いだろう」
「むぅ……」
「本当にやるんじゃな? アミレスを守るのじゃな?」
「当然だ。私は元より王女殿下をお守りするべくお傍にいるのだから」

 ナトラとシュヴァルツより思いを託され、イリオーデは真剣な面持ちでキッパリと言い切った。
 ……しかし、私空気ダナー。一応これは私の事で言い争っている筈なのに、何故私が空気になるんだろうか。

「ええと、とりあえずもう行ってもいいかしら?」
「…………何かあったら、絶対ぜーったい我を呼ぶのじゃぞ?」
「ぼくの事も呼んでよね! 精霊なんかより先に!」
「分かったわよ、何かあったら二人の事も呼ばせて貰うわ」

 そう告げて、ようやくナトラとシュヴァルツは私から離れてくれた。

「それじゃあ二人共、留守番よろしくね」
「「はぁーい」」

 仲良く不貞腐れる二人に見送られて、私はイリオーデと共に東宮を出て城を目指す。今日は急ぎの用事でもないので、のんびりと歩いて行く事にした。
 何せ王城の敷地内はとにかく広い。だから普通の皇族なら移動ひとつで馬車を使うらしいのだ。
 ただ、皇帝もフリードルも馬車を使うのを面倒くさがっているようで……大体徒歩か馬で移動するみたいなので、私もそれに合わせていつも歩きで移動している。

 急ぎの用事の場合は流石に馬車や馬を利用するけれど、そうでない時は基本的に歩きだ。この方が健康にもいいし。
 そしてこの時間はいつもイリオーデと世間話をしながら歩いているのだ。
 なんて事ない話だったり、剣術や戦術について。他にも貧民街事業や年内に施行予定の新たな教育法についてなど……王城までの道すがら、色んな話をしていた。

 その際にアルベルトが話題に挙がった。イリオーデが、「時に、あの男……ルティは今どこで何をしているのでしょうか」と不機嫌そうに零したのである。
 もしかしてアルベルトがいなくて寂しいのかな。二人共、顔を合わせる度に話す程仲がいいみたいだし。アルベルトにすぐ任務を与えちゃったのまずかったかなぁ、と思い返す。
 実はアルベルトは、私の影になった四日後──今より三週間程前から大公領の調査に向かっているのである。