「──では。これより、フォーロイト皇族に仕えし『影』の叙任式を執り行います」

 影? 何それ初耳なんだけど。

「フォーロイト帝国第一王女、アミレス・ヘル・フォーロイト殿下に仕える為、数々の試練を勝ち抜きその価値その力を示した者よ。汝が仕えし主君の御前に平伏せよ」

 朗々とケイリオルさんが語る。すると正面の扉が開いて、そこから見覚えのある黒衣を着た男が入室し、私の前で跪いた。

「諜報部所属、偽名《コードネーム》ルティよ。汝はこの御方を主君と定め、その生涯をこの御方のみに捧げると誓うか」

 だよね? これってアルベルトだよね!?
 見覚えのある黒衣に見覚えのある顔。私の推測はズバリ当たっていて、ケイリオルさんは目の前の男の事をルティと呼んだ。
 何が何だか分からなくて、私達はぽかんとしていた。しかしその間にもケイリオルさんはどんどん進行していく。

「はい。誓います」
「この御方こそが汝の生涯の主君。汝が仰ぎ見るべき光。汝、この御方の眩き威光を支える影となれ」
「はっ!」

 何も知らない私達を置いて、叙任式は進行する。ケイリオルさんが何かやたらとカッコイイ文言を口にすると、アルベルトは頭を垂れて返事した。
 その後暫し沈黙が降り注いだかと思えば、ケイリオルさんが音も無く近づいてきて、

「『汝、我が影となりて我が志に追従するか』と、仰って下さい」
「え? えっと……汝、我が影となりて我が志に追従するか」

 色っぽい声で囁くように耳打ちして来た。とりあえず言われた通りの言葉を口にすると、

「我が存在の総てを主君に捧げます」

 アルベルトが待ってましたとばかりに言葉を紡ぐ。するとケイリオルさんがまたもや耳打ちをして来て、

「『汝の命、汝の誓いは我が元に。その身命が尽きるまで、汝が我が下に跪く事を許そう』と、続けて下さい」
「騎士の叙任式とそっくりの文言ですね」
「えぇ、まぁ。この手の言葉は往々にしてこの系統ですからね」

 二人でコソコソと話す。騎士の叙任式の文言と一文字違いの文言に、つい本音が口をついて出てしまったのだ。

「汝の命、汝の誓いは我が元に。その身命が尽きるまで、汝が我が下に跪く事を許そう」

 気を取り直して言われた通りの言葉を口にすると、視界の端に虫の居所が悪そうなイリオーデの姿が。
 どうしたのかしら、お腹でも痛いのかな?

「我が名、アルベルト──フォーロイト帝国が諜報部所属、偽名《コードネーム》ルティ。我が身命が尽きるその日まで。我が力、我が心が打ち砕かれるその時まで。この身総てを主君の影として捧げる事、我が存在の総てに懸けてここに誓います」

 その美しく整った顔を上げて、彼は私を真っ直ぐ見つめて宣言した。
 影というのはイマイチよく分からないけれど、多分これはアルベルトが私の味方になるという事なのだろう。何がどうなって、どういう流れでそうなったのかは知らないが、アルベルトが仲間になってくれるのはとても助かる。

 だってつまり、わざわざ諜報部に依頼しに行かなくても気軽に調査とかを頼めるようになるのよね? ずるい考えかもしれないけれど、それだけアルベルトが有能なんだから仕方無い。

「我が影、偽名《コードネーム》ルティよ。汝がこれより私の影となり、その命を捧げる事──この誓いにおいて許します」

 ケイリオルさんがまたもや耳打ちして次の言葉を教えようとしてくれたのだが、私はこれまでの流れから多分こうだろう……と次の言葉を予測して口にした。
 するとそこでケイリオルさんの体がピタリと止まり、彼の口からは「よくご存知で……」と小さな驚愕が漏れ出ていた。

 いつかイリオーデにも告げた言葉。まさか嫌われ者の野蛮王女な私が、これをもう一度口にする時が来るなんて思いもしなかった。

「……──御意のままに。我が主君(マイ・レディ)

 まるでいつかのどこかで見た執事キャラのように、アルベルトはニコリと微笑んだ。ゲームの、それもハッピーエンドで見たサラのような笑顔だった。