価値観の相違や種族としての在り方の違いから、互いを嫌いあっている。それがこの三つの種族なのである。ただ一つこの三つの種族に共通する事があるとすれば……魔族も妖精も精霊も、生みの親たる神々を非常に嫌っている。それだけがこの三つの種族の共通点だ。
 それはともかく。とにかく仲が悪いので、エンヴィー達とも言えど容易にはその地に足を踏み入れる事が出来ない。足を踏み入れた瞬間に妖精に目をつけられて面倒事に発展する事間違い無しだ。

 だからエンヴィーは不安を覚えた。自分達が近づけないだけならまだいいのだが、もし万が一、アミレスに与えられた精霊王からの祝福──……星王の加護(ステラ)に妖精が気づいたら。

(もしそうなったら確実に面倒な事になるよな。それが妖精女王の耳にでも入った時には、姫さん達全員に災難が降り掛かるだろうなー…………そん時は、妖精共と全面戦争かねェ)

 不敵な笑みを浮かべて、エンヴィーは目を細めた。
 かの妖精界を統治する妖精女王は、綺麗なものや美しいものに目がなかった。数千年前、当時の魔王と精霊王と妖精女王がある神の下に一堂に会する事があった。その時、神々すらも嫉妬してしまうような精霊王のあまりの美しさに完全に骨抜きになり、妖精女王は数千年近く精霊王に言い寄っている。

 不幸中の幸いは、妖精女王本体は人間界……ひいては他の世界に干渉出来ない事だろう。その幸いにより、妖精女王が精霊王への求愛をやめないという事実だけが残り、実際の行動に移された事はほぼゼロに近い。
 だがそれもいつまで続くか分からない。精霊王(シルフ)がある制約を破棄したならば、連鎖的に魔界と妖精界に課せられた制約もどれか一つ、破棄される事だろう。
 これは賭けであった。もし万が一、妖精女王が他の世界に干渉出来るようになってしまえば、シルフにとって悩みの種が増える。だがそれでもシルフは制約を破棄するしかなかったのだ。

 ただ妖精女王に言い寄られるだけならよかった。だがその妖精女王が一番の爆弾なのだ。
 例によって妖精女王は精霊王に惚れていて、そして彼女は酷く嫉妬深──いや、純粋な存在だった。
 己が欲するものは全て手に入ると信じてやまない純粋さ。故に、精霊王(ワタシのもの)に手を出す者は許さない……なんて妄言を平然と吐く。
 そもそも、妖精とはその生来の純粋さから誰彼構わず奇跡を弄んではイタズラをする。それの長であり、妖精界で最も純粋な狂気を持つ者こそが妖精女王なのだ。

 そんな妖精女王がもし、精霊王《シルフ》に愛される人間《アミレス》の存在を知ってしまったら──嫉妬のあまり、制約など関係無しに大暴れする事必至。ただでさえ狂いに狂っているアミレス達の運命やら奇跡を、更に狂わせる可能性がある。
 最悪の場合、アミレスを手にかけて人間界の破滅を齎すやもしれない。そんな嫌な想像ばかりがエンヴィーの脳裏を駆け巡る。

(つっても、姫さんはあの地に行く事を止めないだろうからな。俺達が何を言おうとも、姫さんはまた勝手にどこか遠くに行きやがる。……ホント、俺達の気も知らないで)

 アミレスを止める事を、エンヴィーはもう諦めていた。それは不可能なのだと理解した上で、対策を講じる事にした。

(我が王に伝えとくか、姫さんがそのうち妖精共が唾つけた地に行こうとしてるーって。それまでにあの制約を破棄出来れば、きっと妖精共から姫さんを守る事だって出来る。問題は時期だな…………制約の破棄まで最速でも下弦程はかかる。姫さんがあの地に行くのがいつかによるよな……)

 悩ましい、と小さく唸る。ひっそりとアミレスに視線を向けて、エンヴィーはため息と共に思考を切り上げた。
 下弦程、というのは人間界基準で考えると約半年程の事である。精霊界は限りなく人間界に近い時の流れであるものの、暦らしい暦は存在せず。上弦の月と下弦の月の二つの分類しかないのだ。

(まー何にせよ、俺達で姫さんの事を守るのには変わりねぇし。我が王もその為なら許してくれるっしょ)

 ひんやりと、宝石の無機質な冷たさを指先に感じる。エンヴィーは丁度この日の昼頃にアミレスより贈られた耳飾りに触れ、柔らかく微笑んだ。
 そして決意する。もし万が一、最悪の事態が訪れたなら──その時は。その身を犠牲にしてでも制約を犯そうと。当然シルフに怒られる事になるだろうが、アミレスの為なら許してくれる筈だ。
 そうエンヴィーは信じて心に決めたのだ。