「ならば何故、貴女様は世界平和を望むのですか? 成し遂げられぬ事と知っても尚」
「何て言えばいいのかしら……人間、誰しも無理だと分かっていても夢を見るものでしょ? 届かない星にだって手を伸ばすし、勝ち目の無い戦いにだって意地で挑んだりもするし、不可能だと分かっていてもそれでも挑戦せずにはいられない……それと同じようなものだよ、私のこれは」
「…………成程。流石は王女殿下です。とても、素晴らしいお心持ちかと不肖私めも思います。そして申し訳ございません、何度も質問を重ねてしまい」

 アミレスによる人間だからどうしても諦められない事もある──なんて力説に納得したのか、イリオーデは口を閉ざして一歩下がった。

「まぁ、そういう事だから……カイルとは目指せ世界平和〜って事で色々と話し合ってるの。今回もその一環でね」
「ふむ……事情は分かったのじゃ。でも気に食わんものは気に食わん。これからは我も連れてゆけ。お前が望むのなら、我もその世界平和とやらに力を貸してやらん事もないからの」

 ナトラはアミレスの赤いドレスの裾を掴み、留守番を拒む子供のような瞳を向けた。

(ナトラが参戦したら大公領の内乱も確実に何とかなるだろうけれど……その代償に死傷者ゼロは叶わなさそう。竜種だからか、例え人間の姿をしていてもナトラは強すぎるし)

 アミレスは葛藤する。ひとまずは目先の事、ディジェル大公領の内乱における戦力としてナトラを投入するか否か……それは絶大な効果を期待出来るものの、同時にそれ相応の犠牲をも覚悟しなければならない。
 スコーピオンに『この戦いで死者は出させない』と宣言した以上、アミレスとしては過剰戦力とも呼べるナトラを戦力に加える事は重大な問題なのだ。

(…………ナトラには悪いけれど、やっぱり大公領の件には巻き込めないなぁ。ハイリスクハイリターン過ぎて、まず先にスコーピオンとの約束を守れなさそう。それは良くないものね)

 一人で悶々とするアミレスを眺めて、この目指せハッピーエンド計画にて蚊帳の外の者達は思う。

(なんじゃ、我天才ゆえ分かるぞ……これ絶対アミレスは我の言葉を無視するやつじゃ。そんな気がしてならないのじゃ。だっていつもそうだぞ、こやつは)

 ナトラもアミレスの事をよく分かっている。シュヴァルツから教わったぶりっ子演技を駆使してもアミレスは落ちなかった。
 据わった目でジトーッとアミレスを睨んでみるも、アミレスは未だ思考の海を泳いでいるので、それに気づかない。

(世界平和ねぇ。アイツなら確かにやりかねんな。ぼくとしては死ぬ程興味無いしクソ喰らえな思想だが……なんっか違ぇ気がする。アミレスが目指してやがるのは、一体何なんだ……?)

 顎に手を当てて、シュヴァルツも頭を働かせた。この中で唯一、表層だけとはいえアミレスの心理を見たこの悪魔《おとこ》は、アミレスが非道に成りきれないどうしようもないお人好しである事をよく知っている。
 何せアミレスは以前、見ず知らずの悪魔の囁きを信じて本当に命を懸けて竜を救ったのだから。いつも当たり前のように自分を犠牲にするアミレスならば、世界平和もやりかねない。そう思うものの……それと時を同じくして彼の頭にその言葉が引っかかる。
 確かにアミレスなら世界平和を目指していてもおかしくはないが、だがそれは何だか違う気がする。そんな妙な違和感が、シュヴァルツの中に残る。

(アミレスは世界平和を望んでいるのか……オレも、何か力になれればいいんだが。そしたらオレだって……)

 一緒に出掛けたり出来るのだろうか──。と考えた所で、マクベスタはハッとなり口元を押さえ、

(今度は大丈夫だよな? まだ声には出てないよな?)

 不安に冷や汗を浮かべる。ちらりとシュヴァルツやイリオーデの方を見ても、何かを聞き取ったような様子は無い。安心から、マクベスタはホッと肩を撫で下ろした。

(王女殿下が星に手を伸ばすのであれば、私はその土台となればいい。私はただ、王女殿下の支えとなるよう務めるだけだ。でも……今回のように数日間も一言も無く姿を消されるのは、何故かとても、胸が軋む。騎士としてお傍にいられないからだろうか)

 覚えの無い胸の痛みに苛まれるイリオーデ。それが一体何によるものなのか、彼には分からなかった。

(ふむふむ。姫さんは未来に起こる大公領の内乱とやらにコイツ等を巻き込みたくないみたいだな。…………つーか。その大公領とやらってこの国の南の方にあるあそこ、だよな。俺達でさえも近づけねぇ場所じゃねぇか……!)

 フォーロイト帝国南方に大きく領地を構えるディジェル大公領。別名、妖精に祝福された地。
 そして。人間の裏と果てと隣に存在する異界、魔界と妖精界と精霊界。それぞれに住む魔族、妖精、精霊は──これでもかという程に仲が悪かった。