「ほぉー……姫さんが俺に似合うってこれ選んでくれたんですよね?」
「そうだよ」

 チラリと横目でこちらを見て、師匠はニンマリと破顔した。すると突然今着けている耳飾りを外して、私が贈った耳飾りを耳に着けた。
 そして、プレゼントを貰った子供のような無邪気な笑顔をこちらに向けて、

「どうっすか? ちゃんと似合ってます?」

 髪を少し耳にかけ、耳飾りをこちらに見せてくれた。
 何、この乙女ゲームみたいな状況。絶対ここあれじゃない、イベントCGつきでキラキラとしたエフェクトと共に描写されるシーンじゃない。
 ──うん? イベントCG……あったわ。こんな感じのイベントあったわ、アンディザに。
 確か……一作目のカイルのルートだったかしら。カイルとミシェルちゃんが一緒にハミルディーヒ王国の王都で行われている祭りを歩いて回ってる時、二人がお互いに出店で買ったアクセサリーを贈り合うシーンがあった。
 そこでカイルがピアスを着けていた事から、ミシェルちゃんはその手の耳飾りを贈った。カイルの瞳の色に近い緑色の耳飾り。
 それを貰ったカイルが──……それまでの人生で、純粋な好意や普通の贈り物というものを受け取った事が無かったカイルが、ミシェルちゃんからの贈り物に喜びはにかむシーン。
『どうだ? 君の想像通り、俺に似合っているか?』
 そんな事を言いながら、カイルはミシェルちゃんに尋ねていた。
 そうそう。台詞もイベントCGも丁度こんな感じで…………。

「あっ、うん! もうめっちゃバッチリ!!」

 何でカイルのルート、それも一作目で起きたイベントが今ここで師匠と起きるのかな?! そんな驚きと困惑からかなり適当な返事となってしまった。

「これからも着けさせて貰いますね、これ」
「ああでも、やっぱり普段着けてる物の方が服と合うし、無理に着ける必要は……」
「無理とかじゃなくて、俺がこれみよがしに着けたいだけですから」

 師匠はキラリと光るような笑みを浮かべて、先程外した自分の耳飾りを箱にしまい、服の裾に入れた。そこって収納スペースなんだ。それ手を降ろした瞬間に中の物落ちたりしないの?
 師匠って絶対モテるんだろうなぁと思いながらも、シルフへのプレゼントを代わりに渡して欲しいと頼んだ。シルフが人間界に来てくれないと私では渡せないので、精霊界にいつでも行ける師匠に頼むしかない。
 どこかホッとしたような表情を作り、二つ返事で師匠は引き受けてくれた。師匠に包装されたネックレスを渡して、港町観光を再開しようと歩き出す。
 相も変わらず周りの女性達の熱視線を集めている師匠と並んで歩いた時、突然後ろから「すみません」と声をかけられた。師匠と共に振り向くと、そこには。

「スミレ様、ですよね。ようやく見つけましたよぅ」
「俺達が会いに来た理由は貴女が一番分かってるだろう、一緒に来てもらってもいいか?」

 スコーピオンの幹部らしき男が二人。どちらも取引の場にいたから見た事のある顔だ。
 ああようやく返事が貰えるのか。あんまりいい返事は期待してないけれど、返事が聞けるのと聞けないのとでは断然前者の方が良い。

「姫さん、コイツ等昨日の夜にあの集団の中にいましたよ」
「ええ、そうだと思うわ。だって彼等はスコーピオンの一員だもの」

 師匠が耳打ちして来たのでそれには小声で返し、厚かましくもスコーピオンの彼等に一つだけ提案する。

「連れのルカはいませんけど、代わりにこちらの方を連れて行ってもいいですか?」

 師匠を同行させてもいいかと聞くと、二人は顔を見合わせて眉を顰める。しかし程なくして、

「……それぐらいなら、多分」
「問題無いと思う」

 彼等の判断で大丈夫だと言ってくれた。なら問題は無いと、私達は大人しく彼等の後ろをついて行った。
 一日ぶりのカジノ・スコーピオン。しかし今回は正面入り口ではなく関係者専用の裏口みたいな所から入った。普通の客でもVIPルームに行く客でも入れなさそうな、完全な裏側。緩く駄弁るスコーピオンの構成員らしき人達とも何度かすれ違ったのだが、毎度好奇の視線を向けられた。
 そうやって長い廊下を歩き、何度か階段を登ったのち、一つの部屋へと案内された。気弱そうな幹部の男が「ボス、彼女を連れて来ましたよぅ」と扉を叩くと、中からは「おう」と短い返事が帰って来た。
 それを受けて私達をここまで案内してくれた二人の幹部が扉を開いた。部屋の中ではヘブンが長椅子《ソファ》にどっかりと座り、別の長椅子《ソファ》にはミアちゃんとシャーリーちゃんが並んで座り、お菓子を食べている。
 扉が開き、そこから入って来た私に気づいたようで、ミアちゃんはパッと笑顔を輝かせて駆け寄って来た。

「おねえちゃん! ランスロットさま!」
「こんにちは、ミアちゃん。怖い夢とか見てない? ごめんね、昨日はあんな景色を見せてしまって」
「怖い夢? 今日の夢はね、ランスロットさまとお出かけする夢だったよ!」
「……えーっと。そのランスロットさまは絵本の? それともこのヒト?」
「おねえちゃんのランスロットさまだよ。ごめんね、おねえちゃんのランスロットさまなのに、あたしがお出かけしちゃって……」
「いや、いいのよ? 私が謝られる理由が全く分からないわ。そもそも師匠は私のものではないし」
「え?」
「え?」

 視線を合わせた状態で、二人で交互に首を傾げた。そして私はミアちゃんの純粋な目と暫し見つめ合っていた。
 ……大丈夫だったならいいか。うん。あんな屍の山を見せてしまった事への罪悪感が凄かったから、ミアちゃんの心の傷にならなかったのなら良かった。
 夢に師匠が出て来たみたいだし、もしかして師匠の美形力(イケメンパゥワー)であの夜の光景がかき消されたのかしら。確かに突然見たら暫く記憶から離れない程のインパクトだものね、師匠の顔面は。

「ねぇミア、このお姉さんがわたし達を助けてくれた人なの?」
「うんっ。あともう一人王子様みたいなおにいちゃんもいたんだけど……」

 シャーリーちゃんがとことことやって来て、ミアちゃんの服の裾を引っ張った。そのつぶらな瞳は上向きに開かれていて、私達を映している。

「おにいちゃんは少し、体の具合が悪くてお休みしてるの」
「そうなんだ……おにいちゃんにお大事にって伝えてくれる?」
「いいわよ。きっとおにいちゃんも喜ぶと思うわ」

 ミアちゃんは優しいなぁ。と頭を撫でる。宿に戻ったらカイルにちゃんと伝えてあげよう。

「あ、あの……助けてくれてありがとうございました。ミアとヘブンからたくさん話を聞いて。わたしが助かったのはおねえちゃん達のおかげだって」

 シャーリーちゃんは礼儀正しく背を曲げて、感謝の言葉を口にした。貴族という訳でもないこんなにも小さな女の子がこれ程に綺麗なお辞儀を出来るなんて、凄くちゃんとした教育を受けているのだろう。
 ……この子は、ヘブン達に相当大事にされて来たのね。