そんな賑やかな尾行も三十分程で終わりを迎えた。まずミアちゃんが無事に親御さんの所に帰る事が出来て、シャーリーちゃんはカイルの予想通りスコーピオンと共にカジノへと入って行った。
 これにて私達のお役目は終了。多分、明日には自警団が海賊船の調査に乗り出すだろうし……後は全て任せよう。
 そして宿屋に戻り、私達は今日の疲れを癒す為に就寝しようとしたのだが──、

「さて姫さん…………今夜は寝かせませんよ。洗いざらいちゃんと、全部話して貰いますからね?」

 宿の部屋にて、一晩中寝台(ベッド)の上で正座をし、仁王立ちする師匠の尋問を受ける事になったのだ……。
 結局明朝まで師匠の尋問と愚痴を受け、へとへとになった体で私は朝食を食べていた。
 場所は宿屋の隣にある食堂。そこの壁際のテーブルにて、向かいにカイル、隣に師匠といった状態で朝食を食べる。なお、師匠は何も食べずに頬杖をついて私の方をじっと見ている。

 カイルはこちらに目もくれず、随分と眠たそうな顔で無心で朝食のパンとスープを頬張っている。私だって眠いわよ。ほぼほぼ徹夜で師匠とお話してたもの。
 そんなこんなで。傍から見れば、なんとも異様な光景だ。

「……ねぇ、師匠。私の顔に何かついてる?」

 一度スプーンを置いて、私は師匠を見た。あまりにも見られていて、どうにも集中出来ないのだ。

「ん? 綺麗な目と可愛い顔がついてますけど」

 そういう事じゃない。そんなホストみたいな口説き文句は求めてないのよ。
 師匠が平然と顔色一つ変えずに歯の浮くような台詞を吐いたものだから、完全に無関係な他のお客様方が流れ弾を食らって悶えている。これを言われた私が一番小っ恥ずかしいのだけれども。

「つーか昨日から気になってたんすけど……何で姫さん達は髪の色変えてるんですか?」

 昨夜は聞きそびれて。と、話題を変えたかと思えば、こちらに手を伸ばして来て私の髪をひと房掴んだ。
 そう言えばその事は話してなかったな。と思ったものの、正直いつもと同じ理由だから改まって言う必要もあまりない気がするわ。
 まぁ、師匠が説明をお望みのようだから一応話しましょうか。

「勿論正体を隠す為だよ。魔法薬で好きな色に変えてるの。どうかな、紫色も似合わない?」
「とてもお似合いですよ。ただ、やっぱりいつもの色のが姫さんらしいなって。違和感ってやつですかね、これ」
「多分そうだと思う。私もこの色に変えた時は違和感があったから」

 昨夜の修羅のような様子が嘘のよう。師匠はいつも通り……というかいつも以上に優しいというか、甘いというか。何だか嵐の前の静けさみたいね…………。
 そんな謎の胸騒ぎを覚えながらも食事を再開する。ここではマナーなんて気にしなくていい。なので時々会話を挟みつつ、私は楽しく朝食を味わった。

「ふわぁ……あ〜……」

 食堂を出ると、カイルが背伸びをして大きな欠伸をした。相当疲れが溜まっていたのか、まだまだ睡眠時間が足りていないようだ。

「なあスミレ、エンヴィーもいる事だし俺は夕方まで宿で寝ててもいいか? マジで眠い……体ダルいし……」
「いいわよ。ちゃんと自分の部屋で鍵閉めて寝なさいよ?」
「母親かぁ? わーってるよ、ちゃんとする……から……ふぁ〜っ……」

 目元を擦りながら宿に戻ると言ったカイルの背中を見送り、私は師匠とぶらり港町観光の続きをする事にした。

 元々皆には詳細を話さず飛び出て来たので、こちらには長居が出来ない──なんて言っておきながら、はや二泊三日。スコーピオンからの返事が貰えていないから帰ろうにも帰れないのだが、師匠が早く帰ろうと繰り返し言うので今日の夕方には帰る事にしたのだ。……スコーピオンから返事を貰えようと、貰えなかろうと。

 師匠はこの件を聞いて、『脅せばいいじゃないですか』と言っていたけれどそれは違うと思う。脅して他人を従わせるなんてどうかと思うから。
 だから私はあくまでも交渉や取引にこだわるのだ。取引に応じて貰えず、交渉決裂となっても……それは誰の所為でもない。私の実力不足だ。
 だから、それは仕方なかったのだと割り切って、大公領の内乱阻止は大怪我覚悟で一人で何とかする。例えここで取引が成立せずとも、大公領の内乱に介入する事に変わりはない。それだけは絶対に違えないと決めている。

 レオナードの妹が死ぬ運命を改変したいし、フリードルの側近となる事で彼自身が不幸になる事が分かっているのだからそれも阻止したい。
 だから大公領の内乱への介入は決定事項だ。スコーピオンがいてくれたら少しは楽になるのだけど……あの感じだと難しそうだなあ。想像以上に嫌われてたし、私。
 仕方ないから一人で何とかしよう。一人で大公領の人達を相手にするのは骨が折れるだろうけど、仕方ないよね。うん。