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「──シャーリー! お前は……ミアか?!」

 沖に停泊する海賊船に最も近づける町外れの崖にまで来たヘブン達は、断崖絶壁の上で横たわる最愛の少女と、その横で座り込む少女の友達を見つけた。
 ヘブンは慌てて二人に駆け寄り、シャーリーを抱き寄せた。

「無事で良かった……でもどうやってここまで来たんだ? 海賊船で何があったんだ。教えろ、ミア」
「あ、えっと…………正義の味方が助けてくれたの。シャーリーちゃんがこれ以上つらくならないようにって、魔法を使わずに悪い人達をやっつけて、ここまで連れて来てくれたんだ!」
「「「「正義の味方……?」」」」

 ミアの言葉に、ヘブン達は戸惑いの声を重ねた。しかし、程なくしてミアの語った『シャーリーちゃんがこれ以上つらくならないようにって、魔法を使わずに悪い人達をやっつけて』という言葉を脳内で反芻する。

(……その正義の味方とやらが、シャーリーの体質に気づいて魔法をあえて使わなかったって事か? だがどうやってそれに気づき、魔法を使わずにここまで…………)

 そもそも魔力過敏体質は珍しい体質だ。ヘブン達でさえも、シャーリーがその体質だと司祭の診断を受けるまでは知らなかった。
 その手の専門書等に記されてはいるものの、それを読んだ事のある者でなければ魔力過敏体質という体質が存在する事さえ知らないだろう。

 だからこそ、魔力過敏体質を知る者など世界中探しても数少ない。そんな現状で、運良く魔力過敏体質を知る者がシャーリーを助けに現れるなんて奇跡に等しい事は有り得ないと。そう、ヘブンは考えた。
 まさかどこぞの魔導具オタクが魔導具について独学で学ぶ最中、偶然にもその手の専門書にも目を通した事があるなどと──ヘブンが考えられる訳がなかったのだ。

「ねぇミアちゃん。その正義の味方ってどんな人か分かる? 名前とか、見た目とか。何でもいいからアタシ達に教えてくれないかしら?」

 メフィスがミアに視線を合わせ、優しい声と表情で尋ねた。メフィスはよくシャーリーの世話係として時間を共にする事が多かったので、ミアとも顔見知りなのである。
 ミアとしても、ようやく出会えた見知った顔に少しほっと胸を撫で下ろして、自分達を救った正義の味方について語った。

「えっとね、あたし達を連れ出してくれたのは王子様みたいなおにいちゃんで、悪い人達をやっつけたのは勇者様みたいなおねえちゃんだったよ」
「王子様みたいなおにいちゃんと勇者様みたいなおねえちゃん……他には何かないかしら?」

 情報量の少なさに、もうちょっと何かないかと促す。ミアは「えーっと」と記憶を探り、正義の味方について話す。

「あ! おにいちゃんがね、絵本の王子様みたいな綺麗な金髪だったよ。おねえちゃんはお花みたいな紫色の髪でね、二人ともすっごくすっごーく綺麗だった!」
「金髪の男と……」
「紫髪のおねえちゃん……?」

 ミアの語った外見的特徴に、メフィスとレニィが反応する。妙に、頭に引っかかる内容だったのだ。

「まさか……な……」
「アァン? 何でそんな、記憶に残る組み合わせの奴等がピンポイントで出てくんだよ」

 ノウルーとドンロートルの脳裏に過ぎったある二人組の子供の姿。それを思い浮かべた二人は、嫌な偶然に冷や汗を浮かべていた。

(それってどう考えても──……)

 口をついて出てしまいそうになった困惑を、ラスイズは何とか飲み込んだ。そして、

「……なぁ、ミア。その正義の味方とやらは──スミレだの、名乗ってなかったか?」

 ヘブンはミアに問いかけた。その表情は複雑に感情が入り交じっていて、彼の心情がそのまま滲み出ているかのようだった。

「何で分かったの?!」

 ミアの目が丸く、大きく見開かれる。ミアは驚いた。何せ正義の味方であり、赤バラのおうじさまのような数ある名前のうちの一つを、ヘブンがズバリ言い当てたからであった。
 まるで心を読んだかのように当ててみせた事に興奮気味なミアがまたもや瞳を輝かせる。それとは対照的に、ヘブン達はうんざりしたような表情を作る。案の定、正義の味方とやらがスミレだったからだ。

「じゃあつまり、もう一人の金髪はルカか…………何であのガキ共がこの件に関わってやがる……?」

 ヘブンは重くため息を吐き出しながら、項垂れた。

「そもそも、俺達が半日ぐらい捜し回って見つからなかったってのに、なぁんでこんな所で名前が出てくんの?」
「本当に……あんなに頑張って町中走り回っても、目撃情報だけで実際には見つけられなかったのに」

 ラスイズとレニィが肩を落とす。
 彼等は前日の話し合いの通り、スミレとルカに交渉決裂の旨を伝えようと二人を捜していたのだが──どれだけ捜し回っても、二人には辿り着けなかった。とにかく目立つ二人だからか、目撃情報などはあったので二人の立ち寄った店に行く事は出来たものの、その時には当然、二人共既に立ち去っていた。