「おねえちゃん、すっごい楽しかった! ランスロットさま、びゅーんって! すごい!!」
「ふふふ、ランスロットではないけれど私の師匠なんだもの。凄いのは当然よ」

 ミアちゃんを降ろして、「持っててくれてありがとう」と白夜を受け取ったら、ミアちゃんが興奮気味に飛び跳ねながら語った。
 師匠が褒められて私まで鼻高々。こんな凄いヒトが私の師匠なんだぞと。何故か私まで得意気になってしまった。ミアちゃんと師匠の凄さについて語り合っていると、照れているのかずっと町の方に顔を逸らしていた師匠がおもむろに切り出した。

「人間がぞろぞろやって来た……けど、どうします?」

 ちらりとこちらに視線を向け、考えを聞いて来た。やっぱり、何かの集団がこちらに向かってたのは間違いではなかったのね。

「……逃げる?」
「この子達置いてか?」
「だって海賊船の件に関わってるってバレたらまずくない?」
「それはそうだがな」

 シャーリーちゃんが心配なのか、判断を渋るカイル。だがその気持ちは分かる。もしあの集団が町の自警団とかじゃなければ二人が危ない。
 しかし私達が海賊船の件に関わっていると知られては困る。下手に身辺調査とかされて身元が割れたら大惨事だ。だから個人的にはこのまま逃げたいのだけど……。

「相手がどうしようもねぇクズ共だったとは言え、俺達はどっちも大量殺人犯だしなぁ……バレたら指名手配からの極刑モンだろこれ……ギロチンコースか〜?」
「だから逃げようって言ってるんじゃない。これ以上巻き込む訳にはいかないから、ミアちゃんとシャーリーちゃんを置いて行く事になってしまうのが、唯一の懸念点だけれど……」

 それだけが本当に不安要素なのだ。こんなにも小さな女の子達(しかも片方は意識不明)をこんな所に置いて逃げるなんて、無責任にも程がないか?
 こうして悩む間にも集団は近づいて来ている。早く決めなければならないのに、優柔不断は私達は決断出来ずにいた。そこでミアちゃんが私のローブの裾を引っ張って、

「おねえちゃん、おにいちゃん、あたし達の事は置いて行っていいよ」

 予想外な言葉を口にした。それに唖然とする私達に、ミアちゃんは更に畳み掛けた。

「おにいちゃんがあたし達を見つけて、おねえちゃんが悪い人達をやっつけてくれたからあたし達は助かったんだもん。これ以上は、おねえちゃん達にめいわくだよね? だから、あたし達はここで誰かが来るのを待つから、おねえちゃん達は行って!」

 無邪気でいたいけな笑顔を作り、ミアちゃんは私達に告げた。こんな小さな子に気を遣わせてしまうなんて。私達は大人失格だ。

「……っありがとう、ミアちゃん」
「こちらこそ助けてくれてありがとう、おにいちゃん!」
「シャーリーちゃんの事、頼んだよ」
「まかせて! シャーリーちゃんはあたしが守るから!!」

 ミアちゃんの言葉に甘えるように、カイルはここから離脱する事を決意した。
 カイルはシャーリーちゃんを一度私に預け、その身に纏っていたローブを地面に敷く。そしてその上にシャーリーちゃんを寝かせて、夜風で体が冷えないようにとその身をローブで包んであげた。「俺に出来るのは、これぐらいだから」とこぼしながら立ち上がったカイルは、私の耳元でこう囁いた。

「離れた所から暫く見守っておこう。もしここに来た奴等がヤバそうな連中だったら、その時は……」
「魔法無しで戦うのね。分かったわ、そうしましょう」

 真剣な表情で頷き合う。誰かが来る前にここを離れるけれど、シャーリーちゃんとミアちゃんの無事が確保されるまではきちんと見届けようと。
 そう決めた私達は後ろ髪を引かれる思いで、

「……それじゃあね、ミアちゃん。お元気で」
「シャーリーちゃんとこれからも仲良くな」
「うん! 正義の味方のおねえちゃんとおにいちゃんとランスロットさま! 助けてくれてありがとう!!」

 とミアちゃんに別れを告げ、少し離れた所にある木々の陰に隠れる。
 ミアちゃんはシャーリーちゃんの傍で座りながら、大きく手を振って笑顔で見送ってくれた。そんなミアちゃん達の身に何も起きない事を願い、私達は木陰から様子を窺っていた。

「俺さ、約束しちゃったんだよな……親御さんの所まで送り届けるって。早速約束を反故にしちまったんだけど、どうしよ」
「……あの子達がちゃんと家に帰る所まで見届けましょう。せめてもの償いとして」
「口約束を破っただけで償いって、姫さんにとって約束は重すぎる契約か何かなんすか……?」

 コソコソと小声で会話をする私達の後ろで、退屈そうに腕を組む師匠が、驚いたように声を漏らす。この辺の価値観の違いが、師匠が人ならざる存在である事を再確認させる。
 まあ、約束は守るものだからね。守れない約束はそもそもしない主義だから、私は約束したならば基本的にちゃんと守るようにしている。

 カイルの場合は、状況が状況故に仕方の無い事。だからせめてちゃんと見届けようと伝えたのだ。
 そうやって会話しつつ待つ事数分。ついに集団がミアちゃん達の元までやって来た。夜中なので目を凝らしつつその顔ぶれを見て、私は「えっ」と声を漏らす。
 何せ、その集団は──ヘブンを始めとしたスコーピオンだったのだから。