「サベイランスちゃん、座標はさっきと同じだ。術式を簡略化して俺含め四人を町に転移させろ」
《創造者《マスター》の身体負荷率上昇を予測。本当にこのまま術式を発動させますか?》
「ああ。それでいい。今はこの人達を無事に送り届ける事が大事だ」
《──承認。術式の簡略化を限定実行。転移術式、発動》

 普段サベイランスちゃんで行っている演算の数々をすっ飛ばす事で、ほんの少し、魔力消費量の減少と時間の短縮が可能となる。しかしその場合、通常時と俺の体にかかる負荷が比にならない。

 だからあまり術式の簡略化はしたくないのだが……今は魔力を温存する方が大事だ。俺の体への負荷は仕方あるまい。
 転移と同時に襲いかかる異常な酔いと吐き気。視界も歪み、頭はトンカチで釘を打たれているかのように激痛を覚える。
 俺一人分の余分な魔力消費。それでも俺が一緒に来る必要があったのだ。

「今度はなんだ……?!」
「子供と……女?」
「また攫われた女子供か?」

 サベイランスちゃんを一時停止させて腰に提げた鞄に収納していると、町の人達が俺達を見て目を丸くした。そんな人集りの中から、さっき転移させた被害者の一人が現れて。

「お兄さん! あのっ……あの人がわたし達を助けてくれたお兄さんなの!!」
「そうなのか? あんな子供が……!」

 町の人達の視線が懐疑的なものから一転、ヒーローを見るかのようなキラキラとしたものに変わって。

「あー……この人達、海賊に攫われて酷く乱暴されてたみたいなんで、出来れば女の人が介抱してあげてくれ。男は絶対近寄るな。いいな、例え身内でも暫くはこの人達に近寄らないでやれ」

 これだけ言いたかった。この女達だけを転移させて、もしまたクソみてぇな男共の餌食になったら……ただでさえ心身共にボロボロで、声すらも出せないような状況の人達に追い討ちをかける事になる。
 それが嫌だった。だから俺もわざわざ一緒に転移して、この女達を町の女が保護するまでちゃんと見届けないといけなかった。

「わ、分かったわ。この子達は任せて!」
「あなた、物凄く顔色が悪いわよ? 大丈夫なの?」

 気前の良さそうな町のおばちゃん達が、この女達の保護と介抱をしてくれると名乗りあげてくれた。
 それに安心して、俺は「平気ですよ」と虚勢を張り、もう一度瞬間転移を使う。今度はサベイランスちゃんを使わず自分で発動した。
 流石に、こんな大勢の前でサベイランスちゃんを使う訳にはいかないからな。海賊船の中、先程までいたあの嫌な臭いが充満する部屋に転移した瞬間。

「〜〜っ!」

 あまりの頭痛と目眩、そして吐き気に膝から崩れ落ちた。床で四つん這いになり、ぐにゃぐにゃと歪み揺れる視界に更なる気持ち悪さを覚える。
 ……ここまで来たら……もう、一回吐いてしまった方が楽になれるかもしれない。我慢し続けるのにも限界がある。だからもう……、

「ぅぇ……っ、ァ……!」

 床に向けて吐き出す。頭痛と目眩がなくなった訳ではないが、それでも吐き気は少し収まった。
 ある程度吐いて、ふらふらと立ち上がり、俺は水の魔力で口の中をゆすいだ。それをプッ、と唾のように吐いて部屋を出る。

 まだまだ全然不調だが、俺にはまだ仕事がある。果たさなければならない役割がある。
 サベイランスちゃんを一時停止する前。同じフロアと思しき場所にもう二つ、弱々しい魔力炉の熱源があった。先に数が多い方をと思いこちらに来たが、多分あの二つも攫われた人達なんだろう。
 それならば、その人達を町まで送り届けて俺の役割は終了だ。

「──ちゃん! シャーリーちゃん!!」

 今や、後数回他者を転移させてやれるだけの魔力しか残ってなかった俺は、サベイランスちゃんを起動せず最後に見た記憶を頼りに入り組んだ船内を移動していた。
 頭痛ってぇなぁ……、とその痛みに冷や汗を流しつつ走っていた。
 するとその途中で、小さな子供の声が聞こえて来た。その声に引っ張られるように進み、扉を開くと、

「シャーリーちゃ──っ?! だ、誰!? シャーリーちゃんに近寄らないで!!」

 ピンク色の髪の女の子を守るように抱き締める茶髪の女の子がそこにはいた。
 茶髪の女の子は俺を見てまるで猫のように威嚇してくる。

「……俺は、そうだな……こんな情けない姿だけど正義の味方だよ。君達の事を助けに来たんだ」

 膝を折って目線を合わせ、子供達に向け笑顔を作る。ああ、カッコつけてはいるが、こんなの完全な痩せ我慢だ。
 本当はこんな風に笑う気力なんてない筈なのに、何のプライドかは分からないが、俺は正義の味方のように笑っていた。でもこの頑張りが功を奏したのか、茶髪の女の子が少しだけ警戒を和らげてくれたようで。

「正義の味方……おにいちゃん、お願いシャーリーちゃんを助けて! シャーリーちゃんがさっきから凄く苦しそうなの!!」
「シャーリーちゃんはこっちの子だよな、君は?」
「あたしはミア……お願い、シャーリーちゃんをっ、シャーリーちゃんを助けて!」

 茶髪の女の子、ミアが必死に訴えかけてくる。「やれる限りの事はやるよ」と伝えてシャーリーちゃんと呼ばれているもう一人の女の子の様子を見る。
 確かにかなり具合が悪そうだ。いやこれに関しては物凄くブーメランなんだけど、シャーリーの顔色の悪さといったら。

 さて……生憎と俺は光の魔力を持ってないし、医者でもない。こんなの診ても何にも分からねぇし何にも出来ねぇよ。さっさと町に転移させて医者に見せた方が良くないか? と思いつつも、ミアに話を聞いてみる。

「なぁ、ミアちゃん。何か病気みたいなの、シャーリーちゃんから聞いてない?」

 持病があるとかじゃないと、突発的にここまで具合が悪くなる事は無いだろう、多分。

「病気…………あっ、そういえば。魔力が苦手って言ってた気がする!」
「魔力が苦手……?」

 なーんか聞いた事あるぞぅ、そーゆーの。魔力……ナントカ体質ってやつ。魔力に対して常人の数倍敏感になるって言うあれの事か? まぁ確かに、その体質の人は人間社会で生きていくだけでも一苦労みたいな事、何かで見たな。
 つまり。シャーリーはその魔力ナントカ体質で、今こうして具合をとても悪くしていると。

 やっべ、それどう考えても俺の仕業やん。
 俺さっきから数十分間ずっとこの船全体に魔法を使い続けてたんだぜ? そんなの魔力ナントカ体質の人からすれば拷問みたいなものだろ。
 最悪だ。何でよりによってそんな体質の子がいる訳? しかもあれじゃん、魔力ナントカ体質の子を瞬間転移させる訳にはいかないから、この子は普通に親御さんの所に送り届けるしかねぇじゃん。
 は〜〜〜〜? ただでさえ頭痛いのに何か胃まで痛くなってきた気がする〜〜!