「うへぇ、アミレスの奴……マジで強すぎるだろ……」

 一切の迷いが無い刃。的確に、一撃で次々と大人を屠っていくその姿に……俺はふと、フリードルの持つ氷結の貴公子という二つ名と、アイツ等の親父の持つ戦場の怪物という二つ名を思い出していた。
 恐ろしくも美しい、一種の芸術のような姿。戦いなんて嫌いな筈なのに、その圧倒的なまでの強さと冷酷さに見蕩れてしまいそうになる。

 言うなれば、そう──……戦乙女。氷結の戦乙女とでも言うべきだろうか。
 たった十三歳の女の子がかくも恐ろしく美しく見えてしまうなんて、俺の目はとうとうおかしくなったのだろう。
 それにしても。『このままだと、貴方は人を殺す事になるのよ?』ね……何で、アイツはまるで自分は平気みたいな言い方をしたのやら。
 自分が傷つき後悔する事は度外視で──当然のように語るアミレスを見て、俺は改めて自分の役割を思い出した。

 なんの為に俺はコイツの共犯者になったんだ。俺がコイツの罪や後悔を少しでも肩代わりしてやらないといけないのに。この不器用で馬鹿な子供を大人として守らないと。
 そんな気持ちからアミレスに訴えかけ、なんとか三隻目はアイツだけに任せず俺が焼却する事が出来た。……その時点で二隻もアイツが沈めてたから、ぶっちゃけあんまり俺の努力は意味無さそうだったけどな。
 アイツの秘策とやらに任せず、最初から俺が三隻とも燃やしておけばよかったぜ。まったく。

「ってこんな事してる場合じゃない。早く俺は俺の仕事をこなさないとな」

 海賊船へと先行し、宣言通り甲板で暴れ始めたアミレスを横目に眺めつつ、俺は人目を盗んで船内に侵入した。

 サベイランスちゃんを起動し、一定範囲内の熱源探知を行い続ける。空の魔力と音の魔力を駆使してリアルタイムで常にこの船全体をスキャン、随時マップを更新。そして熱源──魔力を生む炉心を探知。
 そういうものがあるとは、完全犯罪術式《コード・モリアーティ》を完成させた時から知ってはいたものの、これの名称が魔力炉とそのまんまな名称である事は最近知った。

 空の魔力の座標測位で俺自身にマーキングをつけ、サベイランスちゃんのマップに俺の現在位置が表示されるように。同じマップ上にて魔力炉の熱源が複数確認されている場所目指して走っていく。
 マップ上にて、甲板の辺りの魔力炉の熱源がどんどん減りゆく光景に少しの恐怖を覚えつつも、俺は俺で船内の海賊と出くわすなどして戦闘を余儀なくされた。

「あんまり魔力使いたくねぇんだけどぉ!?」
「ぐへぇッ?!」
「ごふぉっ!!」
「ッァアッ!」

 ただでさえ熱くなっているサベイランスちゃんを並行して使用し、俺は魔力消費が少なく済む風の魔力を使って海賊達を屠る。かまいたちのようなものだ。
 一瞬にして体をズタズタに切り裂かれた海賊達は廊下に転がり、その上をひょいっと跨いで俺は先に進む。
 これらの事を全て同時に行っている為、魔力の消費がえげつない。まだ少しは余裕はあるが、何故か凄く嫌な予感がするからまだ魔力は温存しておきたい。

「っ、ここか!?」

 弱々しい熱源がいくつも集まる部屋の前に辿り着く。やけに厳重な扉だからここで間違いないだろう。

「おい、中の人達大丈夫か! 無事なら返事してくれ!!」

 扉をドンドンと叩きながら部屋の中に向けて声をかけると、中から「は、はい……無事……です」といった女の声が聞こえて来た。

「アンタ達は海賊に攫われた人達で間違いないな?」
「はい。あの、あなたは……?」
「俺はアンタ達を救出しに来たんだよ。なぁ、中には何人ぐらいいるんだ?」
「えっと……今は九人です」

 九人か。十人以上攫われてるって話だったし、何人かは別の所にいるんだな。そっちも後で捜しに行かねぇと。
 まぁ今はとりあえず目の前の人達だな。アミレスから頼まれてるし、さっさとこの人達を町に転移させてやらねぇとな。

「とりあえず、今からこの壁ぶっ壊すからさ。中の人達全員扉側の壁から離れておいてね」
「え……?」
「ぶっ壊す……」

 扉の向こうから困惑が聞こえて来る。だがしかし、マップで見た限り部屋の中の熱源は確かに壁側から離れてくれたようなので、俺は気にせず壁の破壊に挑んだ。
 より安全で、より確実な破壊方法っつったら……腐の魔力か。適当に腐蝕すりゃあ壁も安全に壊せるだろ。

 数ある魔力の中から腐の魔力を選び、それを壁に向けて使用する。どうやらこの船は魔法攻撃が効かないようなので、単純に腐の魔力で木材そのものを侵蝕する。
 すると見事に壁の一部がその形を損ない、朽ち果ててゆく。木材が腐蝕した事によりちょっとやばい臭いがするのだが、それは風の魔力でそよ風を作り適当な所に押し流す。

「おし、皆無事か? 無事ならいいんだ。今まで怖かったろ、助けに来たぜ」

 壊れた壁を潜り、怯えたようにこちらを見上げる人達に手を差し伸べて笑いかける。
 まるで前世で見た正義の味方(ヒーロー)かのように。こういう時、助けてくれるヒーローが笑っていると不思議と安心出来るものだと、何かで読んだ気がする。
 だから笑った。きっと怖い思いをしていたであろう人達に、少しでも安心して貰えるように。

「ぅ……やっと、助かるん……だ……!」
「よかった、よかったぁ……っ」
「王子様……」

 俺の姿を見て安心したのか、ポロリと涙を流す人達。なんか一人変な人もいるけど、おおよそは俺の登場に安心してくれたらしい。
 体を抱きしめあって、安堵に頬を緩めている。早くこんな所から避難させてあげないとな。

「それじゃあとりあえずアンタ達の事を町まで転移させるから。その場から動かないでくれよな」

 その場から動くなと伝え、俺はサベイランスちゃんを使って慣れた瞬間転移を発動する。九人もの人達を同時に転移させるのは初めてだから、安全に安全をと普段よりも多くの魔力を消費した。

《星間探索型魔導監視装置、仮想起動。魔導変換開始。事前指定、目次参照完了。魔力槽、規定値より多く充填。転移術式構成、完了。転移対象、指定完了。座標指定、座標固定、完了。目的地、港町ルーシェ──転移術式発動》

 サベイランスちゃんのアナウンスと同時に、九人の女子供が白い光に包まれて転移する。
 サベイランスちゃんの演算が間違ってる事はないだろうから、多分皆無事に町に転移出来ただろう。よし、残りの人達も捜しに行くか。