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「なんなんだ、何が起こってやがる……ッ?!」

 海賊達の頭である男は、必死に船の奥へ奥へと走り行く。それは、突如として彼等を襲った異常事態。
 大海より這い出た水の手。それは二隻もの海賊船を深く暗い海へと引きずり込んだ。
 海をも焼き尽くさんとする業火。それは瞬く間に一隻の船を塵へと変えた。
 彼等には何も分からなかった。理解が及ばなかった。

 何故なら彼等は、依頼者より道具を渡されただけのただの海賊に過ぎないのだから。

 本来、港町ルーシェの自警団に圧勝できる程の実力など持たぬ連中の寄せ集めに過ぎないのだから。
 優れた魔導師がいる訳でもなく、優れた斥候などがいる訳でもない。優れた指導者も、優れた忠臣も、優れた兵士もいない。

 彼等は井の中の蛙だった。世界を知らず、弱小国家リベロリアの海域で幅をきかせていただけの存在。
 そんな男達が、この氷の国で──統治者に引き上げられるかのように誰も彼もが強くなるこの国において、地元と同じようにやっていける筈がなかった。

 それを擬似的に、一時的に、可能にしたのが彼等の乗る海賊船。そしてもう一つ、ある魔導遺産《ロスト・アーティファクト》の力。
 それが無ければ彼等はこの沖に来た瞬間──…呆気なく討伐されていた事だろう。
 しかし愚かな彼等は気づかなかった。己の弱さと、愚かさに。己がどれ程傲慢になっていたか気づけなかった。

 まぁ、それでも今までは何とかやっていけていた。リベロリア王室の立てた計画は万事順調。予定通り鉱山で事故を起こし、多くの人員と注意をそちらに向け、その隙に彼等は港町で暗躍していた。言いつけよりも多く、十人以上も攫う事も出来たので、明日にはリベロリア王国に凱旋しようと思っていた。
 それが間違いだった。十人目を攫った時点で、辞めておけば良かったのだ。

 欲を出し、多く攫っておけばリベロリア王室も何も文句は言うまいと。そんな考えから数人多く攫った事が、彼等の終末への進路をただ一つに定めた。

 正史であれば──、翌朝、攫われたたった一人の少女を救ける為にある闇組織が全面戦争を仕掛け、少女に後遺症が残る事になるが海賊達には辛勝する。
 偽史であれば──、いくつもの事故と事件の関連性に気づいたある王女が持ち前の偽善で海賊船を襲撃し、彼等を破滅へと追い込む。

 彼等が十人目を攫った時点で帰国していれば起こりえなかった二通りの結末。前者では、ある少女を攫ってしまったから。後者では、未だにこの海域に残っていたから。
 まさか自分達が負け、終末を迎える事になるなどと海賊達は考えていなかったのだ。
 それが、それこそが。
 その驕りこそが彼等の最たる敗因であろう。