「──シャーリーがまだ帰って来てない?」
「はい。カジノ中捜しても、お嬢の姿がどこにも無いんです」

 部下からの報告を受け、ヘブンはその頬に大きな汗を滲ませる。
 時刻は夜の七時を回った頃。いつもならばシャーリーもとっくに帰宅している頃なのだ。それなのに、カジノ中捜し回ってもどこにもいなかったと聞き、ヘブンは酷い焦燥感に煽られた。
 そこにドタバタと音を立てて他の部下が現れ、脂汗を滝のように流し、その男は報告した。

「ボス! 近頃お嬢が仲良くしてるっていうガキの家に行ったところ、そのガキもまだ家に帰ってない様子でした!」

 膝に手をついて、肩で息をしながらその男はヘブンに伝えた。
 ──シャーリーと共にいる筈のミアもまた、シャーリーと共に姿を消した。
 その事実が、焦燥や恐怖となりてヘブン達を襲う。ただ帰りが遅いだけであって欲しい。それならば、シャーリーに説教をするだけで済むから。

 だがどうしてだろうか。今の彼等に、その想像は出来なかった。強過ぎる嫌な予感に彼等の心が蝕まれているからだった。
 もし万が一の事が起きていれば。シャーリーに何かあったらならば……彼等は自責の念に駆られ、心を病むであろう。
 それ程までに、シャーリーの存在は彼等にとって、とても重要なものなのである。

「……考えられる可能性としては、馬鹿な債務者か海賊共しかいねぇ」

 ヘブンがボソリと呟くと、それを聞いた幹部達がハッとした顔で頷き、それぞれで動き出す。彼等に言葉など不要。己が何をすればよいのか……それを完璧に把握している幹部達は、目配せだけで行動に移れる。

 シャーリーがカジノ・スコーピオンにとって重要な人物である事は町に知れ渡る事。そんなシャーリーを誘拐するような輩は、カジノで借金を作ってしまった者か──近頃不穏な空気を港町ルーシェに持ち込んでいる海賊しかおるまい。
 そうと気づいたヘブンは幹部達に伝え、その両方の線を追いつつ重たい腰を上げる事にした。

「──いいかテメェ等。オレ達の命にかえてでも、シャーリーだけは取り戻すぞ!!」
「「「「「イエス、ボス!!」」」」」

 ヘブンの宣言に、スコーピオンの構成員達が足を揃え声を重ねた。
 こうして、それぞれの目的の為にアミレス達とスコーピオンは動き出した。


 ──同時刻。港町ルーシェ沖にて。
 海上に停泊する四隻の海賊船が一つ、特に大きな船にて、海賊達は大騒ぎだった。
 酒を飲み、料理を乱雑に口に放り込み、大きく口を開けて騒ぎ倒す。歌い踊り、狂ったように笑っていた。

「お頭ぁ、今日も無事成功っすねぇ!」
「これで十四人目っすよ!!」

 酒気を帯びるヘラヘラとした顔の太鼓持ちが、酒瓶片手にこの海賊一味の船長に絡む。
 お頭と呼ばれた大柄な髭面の男は、異国の踊り子のような格好をさせた美女にお酌させ、上機嫌に笑った。

「ガッハハハ! あのイキったガキ共も今頃面白ェ面してんだろうなァ!」

 海賊は計画を練りに練って、下調べも何もかも準備万端の状態で二ヶ月前にルーシェ沖にやって来た。全てはフォーロイト帝国の人間を誘拐する為。

 皇族がかつて氷の精霊より愛された唯一の存在という事もあり、帝国のほぼ全域に浸透する強い魔力。その影響かフォーロイト帝国に生まれる人々は、世界基準の平均を上回る魔力量を持って生まれる事が多く、一部の例外を除いて魔力に対する耐性というものもある程度備わっている事が多い。
 故に一昔前までは奴隷制度というものがあり、野心的なハミルディーヒ王国がこの土地や人々を欲して戦争を仕掛けてきていたのだ。

 そんなフォーロイト帝国に、他国の者である海賊が目をつけこうして綿密な計画のもと犯行を繰り返しているのは──……やはり、その人々を欲していたからだ。
 奴隷にするも良し、兵隊にするも良し、実験体にするも良し。豊富な魔力を持つフォーロイト帝国の人間は、そんな風に他国から思われている事もあるのだ。

 十数年前と一年前のケイリオルによる粛清により、陸路での人攫いが限りなく不可能となった為、ついには海賊に白羽の矢が立った。
 海賊はリベロリア王国の者達だった。そしてこれはなんと、いつ来るかも分からない魔物の行進(イースター)に備えて戦力を欲したリベロリア王室直々の勅命だったのだ。
 故にやたらと綿密に練られた計画となり、彼等は完璧な計画のもと人攫いを繰り返している。

 その際に、多少(・・)攫った者達を嬲っても構わない。そう、リベロリア王室から言われていたので……彼等はこの一ヶ月のうちに既に何度か攫ってきた女子供を慰みものにしていた。

「まァそろそろ潮時だろうな。王サマ達は十人前後捕まえたら一旦帰って来いっつってたし、明日の昼には出航()るぞテメェ等! 今夜はフォーロイトで過ごす最後の夜だ、全力で騒いでやろうぜェ!!」
「「「「おーーーっ!」」」」

 船長の男が酒の注がれた器を天に突き上げるように掲げると、それに合わせて他の海賊達もそれぞれ持っていた器を天に向けて突き上げた。
 飲んで歌って笑って喧嘩しての大騒ぎ。彼等はまさに有頂天であった。
 ──歪められた歴史には存在しない、小さくもおぞましい脅威がゆっくりと近づいてきている事に気づかず……。