「──とにかく。あのガキの取引には応じない……って事でいいな?」

 ヘブンが改まってそう問うと、

「賛成ッス」
「僕も……それでいいと思いますぅ」
「ああ」
「勿論だとも。利益が無いからな」

 部屋に残った幹部四名、ラスイズ、ドンロートル、レニィ、ノウルーはそれに即答した。
 そうして幹部達の話し合いは幕を閉じた。明日にでも、交渉決裂だとあの二人の子供に律儀に伝えに行く事を幹部達は命じられ、嫌々それに従った。
 その後、紫髪の少女と金髪の少年がまた一般フロアで思い切り大勝ちして帰ったと聞いて、ヘブンは眉間に深く皺を刻んだ。

「だぁああああああもうっ、金に興味無い癖に何なんだあのガキ共は!!!!」

 机を強く握り拳で叩き、フーッ、と息を荒くしてヘブンは叫んだ。
 怒りのままに出禁にしてやろうかと考える程、スミレとルカの快進撃は凄まじかった。
 もののついでのようなノリで大金を稼ぎほくほく顔でカジノを後にしたという二人の貴族(片や皇族と来た)の子供相手に、割と本気で怒りを抱いたようだ。

 しかし、そこで彼のスコーピオン頭目としてのプライドがヘブンを理性的に繋ぎ止める。
 スコーピオンが掲げるは平等。そして公正。いついかなる時、例えどのような相手であろうとも、それだけは守らねばならない。
 個人的な感情に流されて、カジノのルールに抵触する程の問題を起こした訳でも無い子供を出禁にするなど、スコーピオンの恥である。
 それに気づき、彼はなんとか理性的に踏みとどまれた。
 しかし、

「……アイツ等に言って、あのガキ共を町から追い出させた方がいいな。その方がスコーピオン全体の得となる」

 完全に据わりきった瞳で、ヘブンは決意した。交渉決裂の旨を伝えるついでに、どさくさに紛れてこの町から追い出してやろうと。そう、ヘブンは画策したのだ。

(テメェ等に貸す力も理由も、オレ達にはねぇんだよ)

 カジノのオーナー部屋にある青い宝石を見て、ふと、ヘブンの脳裏にはあの異様な寒色の瞳が浮かび上がる。
 何故か、忘れたい筈なのに忘れらない。
 この世の全てを見透かすかのような寒色の瞳。異常と形容すべき覚悟に吊り上げられていた、あの大きな青。

 それがやけにヘブンの脳裏に張り付いて離れようとしない。いっそ恐怖すら覚えるあの瞳を──……ヘブンは、一瞬、美しいと。そう思ってしまったのだ。

「ッ、クソ……! ンで、オレがこんな……っ、皇族なんかの事で悩まねぇといけねぇんだ!!」

 何よりも憎むべき、この階級社会の原因たる皇族なのに。
 一度でも、『氷結の聖女』に僅かな関心を抱いてしまった事が。
 一度でも、『野蛮王女』を美しいと思ってしまった事が。

 そんじょそこらの宝石では到底叶う筈も無い、強い意志を秘めた輝きを目にしてしまったら。
 ──もう二度と、忘れる事など出来ない。
 そして……彼は更に強く深く皇族を憎む事になるだろう。何故なら本人がそう在るべきと思っているから。どれだけ彼があの少女に良き感情を抱こうとも、それは全て憎しみへと強制的に変換される。

 彼は、彼等は。この社会への憎しみで、何とか生きているから。それを失ったならば、彼等はきっと──……糸の切れた人形のように横たわり、生きる事を放棄してしまうだろう。