(……分からねぇ。何もかもが歪過ぎる。あの言葉といい、あの目といい……あれはどう考えても──)

 覚悟の決まっている者のそれだった。そう、ヘブンが思考した時。ガチャ、とVIPルームに繋がる扉の丁度真正面にあるもう一つの扉が開かれた。
 そこには、十歳程の薄桃色の髪に黄緑色の瞳の愛らしい少女が立っていた。くりくりとしたつぶらな瞳をヘブンに向けて、その少女は天使のように微笑む。

「ただいま、ヘブン!」

 軽い足取りでヘブンに駆け寄り、その懐に飛び込む。ヘブンは何も言わずに少女を受け入れ、必死に作り上げた穏やかな顔で、少女の頭を撫でた。

「おかえり、シャーリー。今日はどこに行ってたんだ?」
「えっとねー、ミアのおうち!」
「ミアっつーと……この前この町に引っ越して来たガキか」
「うん!」

 まるで親子かのようなやり取りをする二人。しかし、シャーリーと呼ばれたこの少女はヘブンの子供ではない。
 シャーリーは先代のスコーピオン頭目が遺した忘れ形見であり、ヘブン達が何を犠牲にしてでも守らないといけない存在なのだ。

「シャーリー、体調は大丈夫なの? 具合が悪い所はない?」
「どこか悪い所があったら僕に言ってよぅ、少しでもマシになるように頑張るから」

 メフィスとドンロートルがシャーリーの体調を気にかけると、シャーリーは「今日はね、とーっても元気なの!」と元気はつらつに笑った。
 シャーリーは生まれつき特異体質だった。彼女は魔力過敏体質と呼ばれるものであり、ありとあらゆる魔力や魔法に対して非常に敏感なのだ。

 それ故に、日々人間が垂れ流しにする魔力だけで簡単に酔ってしまうし、ものによっては体調も崩してしまう。
 しかしこの体質に関しては治癒魔法を以てしても治す事が出来ず、一生モノの付き合いとなってしまうのだ。そんなシャーリーに少しでも快適な生活を、とスコーピオンは日々努力していた。

 これは未来の話──いつか起こり得るもしもの話だが、これより数年後にある貴族がカジノ・スコーピオンに訪れ、酔った勢いで横柄な態度を取り、一般フロアを荒らしていた。
 その上でなんと魔法を発動させてしまい、それがシャーリーに強く影響を与え、その結果シャーリーの魔力炉が損傷して死に至った。

 これを経て、スコーピオンは貴族への憎悪を爆発させ、極秘ルートで入手したアイテムを使って帝都でテロを起こす事になる。そんな未来の可能性が彼等にある。
 それ程に、シャーリーはヘブン達にとって大事な存在なのだ。

「シャーリー、あんまりカジノフロアを一人でうろちょろするなっていつも言ってんだろ? カジノには悪い人も来るんだ。絶対に安全とは言い切れないんだよ」
「でも、ヘブン達がいるもん」
「オレ達がいつでも助けてやれる訳じゃねぇんだから、少しは危機感ってのものを持ってくれ。お前も、もう立派な大人なんだからな」
「大人……っ! わたし、もう大人なの?」
「おうよ。そうだよな、お前等」

 大人と言われて目を輝かせるシャーリーを見て幹部達は(まだまだ子供だなあ……)と微笑ましい気持ちになりながらも、

「もうバッチし大人の女性っすよ!」
「うんうん!」
「大人の階段をまた一段登ったようですね」
「今夜は祝いにでもするか?」
「いいわね。シャーリーが大人になった記念、とかどうかしら?」

 各々シャーリーを持ち上げる。
 それに気を良くしたシャーリーは胸を張り、「わたし、もう大人のお姉さんだからヘブンの言う事もちゃんと聞けるよ!」と言ってメフィスと共に自室に戻って行った。
 扉が閉まるその時まで穏やかな表情を維持していたヘブンだったが、バタリ、と扉が閉まると同時に一気に表情が消え失せた。
 しかし程なくして、ヘブンらしい、いつもの顔つきに戻った。