「ダウト、って言えたら良かったんだがな。ありゃ素であの思考回路っすわ、聖女は。いっその事偽善者であってくれたらなぁ……俺達のカジノを荒らした害虫って事で心置き無く駆除出来たのによ」
「でも、納得したわ。あんな酷い考え方だからこそ、氷結の聖女だなんて呼ばれるようになったんだって。本当に身の毛もよだつ言葉の数々だったわ」

 ノウルーに続くように、唯一の女性幹部メフィスが困ったように目を伏せた。
 彼等を悩ませる原因の一つとして挙げられた、先程のアミレスの発言。目的の為なら己の命以外の全てを犠牲にしても構わないとする姿勢。
 どう考えても狂っている彼女の思考回路に、あの場にいた者達は圧倒されていた。

「貴族なんて嫌いだ。皇族なんてもっと嫌いだ……でも、あの女だけは……俺達平民にも目を向けてくれた、あの聖女だけは……っ」

 まるで自分に言い聞かせるかのようにレニィが呟くと、ヘブンは眉間の皺を深くして、

「とにかく、オレ達が今考えるべきは氷結の聖女の事ではなく、あのガキの取引に応じるかどうかだ。皇族に借りを作れる代わりに、オレ達はあのガキの言う内乱での共通悪になる必要がある。これについてどう思う?」

 幹部達に質問を投げ掛けた。

「正直、普段ならそんな訳ないって一蹴しますけどぅ、聖女が言うならその内乱っていうのも本当なんじゃないかなぁって……方法はともかく、聖女が内乱をどうにかしたいっていうのも、本心なんじゃないかって……僕は思いますぅ」
「まーそこは俺もそんな疑ってないっスけど、場所が問題じゃないっすか? だってディジェル領っすよ、ディジェル領。相手はあのディジェル人なんですよ、ガキは『誰一人として死者を出させない』とか何とかいってたけど、どう考えても俺達には無理ッスよ」

 肩を竦めて、自虐的にラスイズが語る。先に意見を述べたドンロートルもそれには賛成のようで、コクコクと首を縦に振っていた。
 闇組織スコーピオンは構成員全てが戦闘訓練を受ける為、かなりの実力者揃いの筈なのだが……相手が強者揃いのディジェル人と聞いて恐れをなしているようだ。
 しかし、それ程までに、妖精に祝福された土地に生きる者達は強いのだ。

「それは本当にそう。そこまでの危険を冒すメリットが分からない」

 レニィがラスイズの意見に賛同するも、ドンロートルは少し引っかかる事があるようで。

「でもぅ、聖女の言う事が本当だったら、内乱で凄い数の人達が死んじゃうんじゃあ……」
「でもそれって俺達にはカンケー無い事ッスよ? ドンさんはやっぱ優しすぎるって。ディジェル人同士の争いでディジェル人が死ぬだけの事に、何で俺達まで関わる必要があるんすか?」
「アタシも同意見よ。確かに、後々の事を考えれば憎き皇族に借りを作れるのは大きいかもしれないけれど……それでもアタシ達がそこまでする理由が無いわ」

 幹部達がやいのやいのと交わす言葉を、ヘブンは静かに聞いていた。

(……あのガキは、どういう訳か合言葉を知っていて、最初からVIPルームに行く事を──オレ達に接触する事を目的にしていたように思える。一体どうしてそこまで効率的に、最短距離を進めた……? それがしつこく疑問として残りやがる)

 ヘブンは何となく気がついていた。金髪の少年といい、紫髪の少女といい、二人共金に執着が無かった事に。カジノに来ている割に、金そのものには何の興味も無さげな印象を彼等のゲームから受けたのだ。

 最初はそれが貴族故の感性かと思った。しかし、どうにもそういう訳では無さそうだったのだ。紫髪の少女のゲームを暫く観察していて、ヘブンは思った。
 ──金自体はどうでもよく、今ここでチップを大量に得る事こそがあのガキ共の目的なのでは? と。

 そうとなれば、考えられる可能性はVIPルームに行く事だろう。何の目的でVIPルームに行こうとしているのか、甚だ疑問ではあるが……ヘブンはその時点で一般フロアを後にして特別フロアに向かった。あの調子だとその内VIPルームに招かれる事だろう、と予想して特別フロアで待つ事にしたのだ。
 そして聞く事になる。その少女の口から、あの合言葉を。

 あれはそもそもスコーピオンの関係者にしか知られないもの。または、誰かしらの紹介でスコーピオンに接触する者が使う言葉。
 そのどちらにも該当しなさそうなその少女は堂々と合言葉を口にして、交渉に躍り出た。
 一体どのような経緯でアミレスが合言葉やスコーピオンの事を知り、あれ程の最短距離を弾き出せたのか。それが、ヘブンの中で大きな疑問として居座り続けるのだ。