銀と紫の二色の髪を使い分ける少女が、金髪の少年を伴ってVIPルームへと戻っていった後。闇組織スコーピオンの頭目・ヘブンと五名の幹部達は頭を抱えていた。

「……ボス、本当にあの子供の取引に応じるんスか?」

 幹部の一人、ラスイズが納得のいかない表情を作る。するとそれに、同じく幹部の一人であるドンロートルが「そ、そうですよぅ……あの聖女、皇族ですよぅ?」と弱々しく同意する。
 しかしそれと同時に、同じく幹部の一人であるレニィが「なんでよりにもよって、アミレス・ヘル・フォーロイトが……」と悔しげに後頭部を掻き毟っていた。

「だからこうしてお前等と話す時間を寄越せ、って向こうに伝えたんだろーが。ああクソッ、ふざけんなよ……っ、なんであの王女がこんな所に……!」

 ドンッ、と握り拳を机に振り下ろして、ヘブンは歯ぎしりする。

(なんで、なんでよりによってお前なんだ……っ! ただのクソ貴族共じゃァなくて、氷結の聖女のお前が……!!)

 ヘブンは──彼等《スコーピオン》は、氷結の聖女もとい救国の王女の噂を知っていた。
 国教会をも動かし、未知の伝染病に立ち向かった無謀で勇敢な少女。しかしその蛮勇により、オセロマイト王国は救われた。

 フォーロイト帝国帝都にある貧民街……これまでの百年強の帝国史の中で誰一人として成そうとしなかったその街の改革と救済を、あろう事か個人的な趣味で実行した国一番の愚か者。しかしその偽善により、貧民街の者達は人並みの暮らしと尊厳を取り戻した。

 帝都にて市民を騒がせていた連続殺人事件の解決にも一役買い、今や全ての国民に平等なる学びの機会をと奔走する王女。その噂は、帝国中──……周辺諸国にも届きつつあった。

 かの氷の血筋の人間でありながら、どこまでも己を省みない利他主義人間。そう、誰しもに思われている功利主義人間(ハッピーエンド主義者)
 現皇帝と皇太子に疎まれながらも、我が身を省みず人々に尽くす献身的な王女。そんな彼女を、この国の民は次第に認めつつあった。彼等のような貴族を嫌う者達でさえも、複雑な心境の中アミレスの事を少しだけ良く思っていた。

 それなのに。その少女は正体を隠してカジノにやって来て、貴族である事を隠そうともせず振舞った。
 それを見たヘブンは、『貴族がまた来やがった』と。『クソ野郎共がオレ達の楽園を荒らすんじゃねぇ!』と……奥歯を噛み締めながら、金髪の少年の豪運を目の当たりにし、絶望した。

『……──何で、この世界はこんなにも不公平なんだよ』

 生まれたその瞬間に人間の価値が決められる。ただ生まれが違うだけなのに、ある人は温かく輝かしい人生が約束され、ある人は暗く残酷な人生を約束される。
 この階級社会に義憤と疑問を抱いた者達が集まる闇組織スコーピオンでも、ヘブンのそれは人一倍強かった。故に、このカジノを──どんな人間でも、生まれや育ちも関係なしに平等に夢を見られるこの楽園を大事にしていた。

 そこに現れた金髪の少年。顔も、知力も、地位も、権力も、運までも全てを持ち合わせた、まさに神に愛されたかのような少年。
 そんな存在を見て、ヘブンは己が酷く惨めに思えた。あまりの世の不公平さに、ただただ怒りが湧いていた。

 金髪の少年の連れと思しき紫髪の少女に声を掛けた時も、彼の胸中は貴族への憎悪が怒りという薪によって燃え盛っていたのだ。
 だから呆気なく負けてしまえと。そう、思っていたのに。その少女までもがゲームで勝利してしまった。だからこそ、いっその事VIPルームに招いてこの溜飲を下げようと思った。

 しかし何もかもが上手くいかない。その少女は不敵な笑みで合言葉を口にした。闇組織スコーピオンに通じる、秘匿された合言葉を。
 そして──少女は取引の際にその正体を明かした。
 心の底から憎いと思っていた相手が、他の貴族とは違うと思っていた氷結の聖女だった。

 平民《じぶんたち》の味方だと思っていた氷結の聖女も、結局は何もかもに恵まれた人間だった。あの献身も何もかも、持つ者が行った偽善に過ぎないのだと今更ながら理解した。
 彼等の抱いていた淡い理想は、あの瞬間に打ち砕かれたのだ。

「……なァ、ノウルー。あのガキの言葉は、本当《マジ》だと思うか?」

 ヘブンは蜜柑色の瞳をチラリと大柄な男に向けた。