「こっ、この娘が不正をしている! こんなカジノのカの字すらも知らない子供がこんなに勝てる訳が無い!!」

 興奮した豚のように、おじさんは唾を飛ばす程の大声で捲し立てた。残りの同卓の大人二人も、後半の調子が良すぎた事を不審に思ったようで、

「ま、まぁ確かに……単に運がいいだけとは思えないな」
「そうね。お嬢ちゃんには悪いけれど、流石に不正は見過ごせないわ」

 中肉中背の男性と、宝石を身につけた女性がおじさんに賛同してしまった。
 まずいな、これは。不正なんてしていないと言いたい所なのだが、カードカウンティングは割とグレーなやつなので、黒に限りなく近いグレーと主張する。世界が百人の世界なら百人中九十人ぐらいは黒に限りなく近いグレーって言うだろうし。

 この世界にカードカウンティングという概念が無いとは思うが、下手すればバレる可能性も出て来てしまった。
 困ったな〜〜〜〜〜。どうしよう。そう内心冷や汗ダラダラで迷った結果──、

「……そんな……私はただ……はじめてのカジノを、楽しんでただけなのに……っ!」

 全力で騙す方向に、私は舵を切った。
 フリードルや大勢の前でいい子ちゃんを演じて来た事により培われたこの演技力! 物凄く泣きそうな声音、表情、言葉使いに目の辺りから魔力で水を流して嘘泣きする。
 さぁ、自分が負けて悔しいからと寄って集っていたいけな子供を責めて泣かせた事への良心の呵責で苦しめ!!

「私は……っ、ただ、おとうさんが『カジノは楽しい所だよ。お前もいつか大きくなったら楽しんでおいで』って、死んじゃう前に言ってたから……だから、やっと……大きくなってお金も貯めて、カジノに来れたのに……それなのに、不正なんて…………っ!」

 両手で顔を覆い、泣く演技をする。……我ながらとんでもない口の回りっぷりである。
 ありもしない感動話をその場で適当に作り上げで泣きながら語るなんて。詐欺師の才能あるんじゃないか、私。

「まぁ確かに、カジノに慣れてる大人なら分かるがあんな子供に不正なんて出来ると思うか?」
「あんな可愛い子が不正なんてする訳ないだろ!!」
「子供に負けたからって、子供が不正した事にするとか最低……」
「そう言えば、今日は他にもとんでもなく運がいい子供がいたからな。多分そういう日なんだろうさ」
「そもそもここで不正なんて無理な話だろ」
「あんな可愛い女の子を泣かせやがって、クズじゃねぇかあの野郎」

 私の迫真の演技に周りの人達が陥落する。口々に同卓の大人達を批難し始め、私を擁護する。……私、フォーロイトで良かったわ。フォーロイトの鋼メンタルじゃなかったら、これだけの人を騙している現状にきっと耐えられなかったもの。
 一気に風向きが変わったからか、同卓の大人達は焦り顔を真っ赤にして、更に私に突っかかって来た。

「じゃあ何だ!? この娘が、今日初めてカジノに来たなどと言う子供が、あれ程のチップをただ運が良かったというだけで手に入れたとでも言うのか!?」
「そ、そうよ! 運が良いってだけじゃあ片付けられないでしょ?」
「……俺の負けは認めるが、この子供が不正を働いたかどうかだけはハッキリさせて欲しい」

 中肉中背の男に睨まれたので、それに怯える少女を演じる。こういう時、被害者を演じれる人間──間違った人間程得をするのって普通に理不尽よね。正しい人が損をするなんてどうかと思う。
 正直な所、こういうやり方は全然好きじゃないからストレスでしかない。だから、彼等三人は私を糾弾すればする程立場が悪くなると早く気づいて欲しい。そして今すぐ引き下がってくれないかな。

「スミレ? どうしたんだ?」

 またチップ入りの箱を増やして両手に抱え、カイルが現れた。
 魔力で涙を流し、私は嫌々悲劇のヒロインぶって彼の方を向く。

「るかぁ……っ、私、不正、したって……疑われて……!」
「不正……? おいどういう事だ、どこの誰がお前にそんな難癖つけやがったんだ?」

 カイルは駆け寄って来てすぐ、周りの大人達を強く睨んだ。カイルの大人顔負けの威圧に、大人達はたじろぐ。
 流石はカイルね、理解が早いわ! 私が嘘泣きで乗り切ろうとしているのを理解して援護に回ってくれるなんて。

「はぁ…………胸糞悪ぃな。カジノってのは誰もが平等に夢を見れる楽しい所だろ? それなのに大の大人が集まって女の子泣かすとか。人として恥ずかしくねぇのかよ」

 カイルは不機嫌である事を前面に押し出した上でチッ、と舌打ちもした。何という怒ってますよ感全開の演技……助演男優賞をあげたいぐらいだわ。

「だ、だがその娘の勝ちっぷりは異常だ! 不正しているとしか思っ……」
「はぁ? 子供がちょっと勝ってるだけで不正扱いされるのなら、今日だけで俺は何回不正扱いされねぇといけなかったんだよ」
「……は?」
「何かもう噂になってるみてぇだが、俺はもう今日だけで通算二十連勝ぐらいしてんだけど?」
「んな……っ!?」
「だけど、一度も不正とは言われなかった。だって不正とか疑う余地も無いくらい、俺の運が良いだけだからな!」

 カイルが堂々と言い放つと、その場にいた人達が「あの金髪のガキが噂の?」「アイツが豪運モンスターか……」「思ってたよりも子供だった」と『ルカ』という豪運の持ち主を話題にあげる。
 それと同時に、そんな『ルカ』の連れっぽい『スミレ』も本当に運がいいだけの子供なのでは? と意見が固まる。
 流石ねカイル。あっという間に世論を完璧に味方につけたじゃない。頼りになるわ!!