ゆっくりと目を開くと、そこは見慣れぬ街並みの中だった。雰囲気で言えばヴェネツィアのような……そんな、同じ国内とは思えない程に異国情緒溢れる町だった。
 建物と建物の間を吹き荒れる潮風。青空の中で主役とばかりに輝く太陽。同じフォーロイト帝国内だというのに、この町だけ本当に別の国のような雰囲気だった。

「ほら、カイル。行きましょう!」
「ちょっ……腕引っ張るなって」

 サベイランスちゃんを停止させて鞄にしまっていたカイルの腕を掴んで通りの方に向かう。入り組んだ路地を抜けて通りに出ると、流石は発展した町と言うべきか……とても繁盛しているお店の数々が立ち並ぶ景色を目の当たりにした。

「はぇー、栄えてんなァ」
「本当に……流石は港町……」
「おっ、何あれ美味そう。食って来てもいい?」
「いいわよ」
「やった〜」

 何かの屋台を見つけたようで、カイルは上機嫌でそれを買いに行った。待つ間、くるりと辺りを見渡してみたら、ふと海の方に何隻かの船が停泊しているのを見た。
 しかし、何故あんな所に……? あの辺で漁でもやってるのかしら。でもあの大きさの船舶で漁は難しいんじゃ…………と思うものの、いかんせん私には漁などの知識は全く無い。なのであくまでも素人の感想でしかないのだ。
 潮風に吹かれ、紫色に染まった私の髪が舞う。手でそれを押さえて、地平線の方を眺める。
 海なんて、この世界に生まれ変わってから初めて見た。この世界の海も青くて広大なのね。

「ほははへ〜。んむ……お前もこれ食うか? マジで美味いぞこの肉まんもどき」

 行儀悪く歩き食いをするカイルが、そう言って湯気が立つ熱々の食べ物を手渡してきた。どうやら屋台で買ったのはこの肉まんもどきらしい。

「いいの? じゃあ貰おうかしら」
「おう。この通り二個買ったからな、ほれ」
「ありがとう、いただきまーす」

 二人で一緒に肉まんもどきにかぶりつく。熱々の肉汁が出てきて舌が火傷しそうになったが、そこがまたいい。
 ふむ、確かにカイルの言う通り肉まんっぽい。形状としてはお饅頭の方が近いけど、中身が完全に肉まんだ。

「そうだ。ねぇカイル、ここにいる間は私の事をスミレって呼びなさい、いいわね?」
「まぁせっかく髪の色変えたのに名前で呼んだら元も子もねぇしな。じゃあ俺の事はルカって呼べよな!」

 流石、理解が早い。スミレがアミレスのアナグラム(+アを抜いたもの)だとすぐに察したのか、カイルもアナグラム(+イを抜いたもの)で合わせて来た。

「それじゃあ行きましょう、ルカ」
「オーケイ、行くか。スミレ」

 そして私達は人と活気が溢れる通りを歩く。色んな店を横目で見ては、アレなんだろうね。とか美味しそうね。とか話す。
 途中で目的の服飾店を見つけたので、「ねぇルカ、あそこに行きましょう」と言ってカイルと共にその店に入った。決して敵情視察とかではない。ただ、この後の予定の為にこの店で買い物をする必要があったのだ。

「うわ、俺超アウェーじゃん」
「でもほら、向こうに紳士向けのゾーンもあるから大丈夫よ」
「それもそうかぁ……」

 店に入るなり、開口一番にカイルは気まずそうに苦笑いを作り、紳士向けゾーンに向かった。確かに紳士向けの服もあるようだが、店内には女性客が大勢いる。

「まぁ……見てあの男性、凄くかっこいいわ!」
「隣の女性は恋人かしら……お似合いね……」
「恋人の買い物に付き合う男なんて実在したんだ……」
「わたしもあんなかっこいい恋人が欲しい」
「それな」
「どんな徳を積めばあんなかっこいい男と仲良くなれるのかしら……」

 周囲の女性客のざわめきが聞こえてくる。しかしカイルは既にジャケットなどを見るのに夢中になっていて、彼女達の視線と言葉に気づかない模様。

「貴方にはこっちの暗めのジャケットの方が似合うと思うわよ」
「急に出てきたなぁお前」

 ジャケットを吟味するカイルの横から覗き込み、私は口を出す。カイルが手に取っているのは明るい水色のジャケット。しかし個人的にはこちらの暗い赤のジャケットの方が似合うと思うので、私は差し出がましくオススメする。

「だが確かに一理ある。俺ってば何着ても似合うけど、案外こういう暗めの色合いの方が似合うんだよな」

 うんうん。イケメンだもんね、カイルは。流石は乙女ゲームの攻略対象ね。
 と頷き、私はカイルがジャケットの下に着るシャツも探す。どうせなら暗めの色がいいな……これとかどうかしら? カイルの事だから黒シャツとか好きでしょうし。
 濃い灰色のシャツを手に取り、カイルに見せてみる。

「このシャツとかどう? 結構色も合うと思うのだけど」
「おー、いいな。じゃあそれで」

 軽く決めるカイルの腕には先程のジャケットと、同じ色のジャケットパンツが掛けられていた。トータルコーディネートをするならば、後は装飾と靴だろうか。
 二人で並んで装飾品コーナーに移動し、ネックレスや耳飾りを眺める。最初は店員さんが「何をお求めですか?」と声を掛けてくれたのだが、カイルが「特に決まってないんで」と言って店員さんを追っ払ってしまった。
 カイルはどうやらピアスを開けているようなので、耳飾りは選択の幅が広い。だからこそ、いつの間にか集中して私は考えていた。どれがカイルに似合うか……それを考える事が思ったよりも楽しかったのである。

「何でそんな険しい顔で宝石睨んでんの、お前」
「貴方に似合う耳飾りを考えてるのよ」
「俺に似合う耳飾りぃ?」

 カイルがたまげたように語尾を上げる。
 もしかして、私が私の分の装飾品を探していると思ったのかしら。だから彼は驚いたのかもしれない。