「おっかしぃなァ……理論上は完璧だったんだが……」

 ぶつぶつと呟きながら失敗作を眺める。のちに、これは動力源に使用した魔石が俺の魔力と相性が悪かったからなのだと分かった時には驚いた。
 カイルの魔力はまさに色とりどりでどんな色にも染まれる特殊な魔力。そんな魔力とピンポイントで相性の悪い石を使っちまったなんて、と。

 しかしこの失敗を経て俺は更に魔導具作りにのめり込んだ。流石は魔導具の大国と言うべきか、城の書庫には膨大な数の資料があったので、独学で魔導具の制作を繰り返していた。
 九歳の時に母さんが俺の側近にと連れて来たコーラルにだけは、カイルの才能を教えて俺の『平穏無事で楽しい人生計画』に協力して貰う事にした。

 コーラルは絶対にカイルを裏切らないと、そう確信していたからだ。何せコーラルはゲームにて最後の最後までカイルの味方で在り続けた忠臣。
 きっと、この世界のコーラルも俺の味方でいてくれると確信した。だからカイルの才能と今後の計画の事を話した。それからと言うもの、コーラルはゲーム通りにカイルの味方として色々とサポートしてくれていた。
 コーラルの協力もあって、俺はサベイランスちゃんなどの魔導具を作り上げる事が出来たのだ。

 そうやって目まぐるしく、時に痛い思いをしながらも日々は過ぎ去り……痛覚というものがとうに麻痺した八年ののち、俺は王位継承権を放棄した。
 理由は勿論、兄貴が昏睡したから。『アンディザ』では事故死とされていたが、この世界では俺が才能をひた隠した影響か事故で昏睡に留まったようだ。それと──……この世界が二作目の世界だと確定したからだった。

 どうやってそれが確定したのか。それは攻略対象の一人、セインカラッドの故郷が関わって来る。ハーフエルフたるセインの故郷の森は、一作目と三作目では彼が幼い頃に。二作目ではオセロマイト王国が滅びた少し後に。それぞれのタイミングで大火災に遭い滅びる。

 そう、これはあまりにも惨い設定だなぁ……と珍しく記憶に残っていたのだ。
 その森が現時点でまだ存続していると聞いて、俺はこの世界が二作目の世界だと確信した。それと同時に気づいてしまった。
 この世界が二作目の世界なら、加護属性《ギフト》持ちのミシェルをハミルディーヒ王国が囲う事は出来ないし、フォーロイト帝国との戦争は高確率で避けられない。

 ミシェルが進むルートによってはフォーロイト帝国との戦争が起きて……良くて敗戦、悪くて侵略からの蹂躙が待ち受けるだろう。
 何せ俺は元日本人だ。負け確の戦いになんて絶対出たくないし、そもそも戦争とか無理だ。
 よりにもよってハミルディーヒ王国側の重要戦力に俺は転生してしまったので、そこに穴を空ける事になりハミルディーヒ王国の勝ち目はほぼゼロになっている。

 だから継承権を放棄した。クソ兄貴達は何かと理由をつけて俺を戦場に送りたがるだろうから、この放棄にはその対策も兼ねていた。
 兄貴の昏睡状態は多分大司教か何かが来てくれたら解決するだろうし、重くは考えていなかった。
 王位争いなんて元より興味無い。その上、当時はオセロマイト王国の破滅が近づいていた為、俺もそんなくだらない争いに割く余裕が無かったのだ。

 だから継承権を放棄して、オセロマイト王国を救う為に色々俺なりに動いていたんだが…………その結果、俺はついにアイツと──アミレス・ヘル・フォーロイトと出会ったのだ。
 その可能性は考えていた。だが、本当に俺以外の転生者に会えるなんて思っていなかったんだ。

 そりゃあ速攻で連絡を取るよな。そんで俺達は半年程文通でやり取りしていた。めちゃくちゃ字が綺麗で、手紙の書き方から見るに結構几帳面で真面目っぽい。本人の話の運びや内容、コーラルの報告から考えるに、相当なお人好しと見た。
 俺がどんな目的で動いているかを話すと、アイツも律儀に生きる上での重大な目標を教えてくれた。

「……ただ、生き延びて幸せになりたい……か」

 アミレスから届いた手紙を読みながら、俺はやるせない気持ちになった。
 そんなありふれた願いがアミレスというキャラにとってどれ程に難しい事なのか、ゲームをしていた俺も多少なりとも理解しているつもりだったからだ。

 ──悲運の王女。結局、三作どの媒体でもただの一度もハッピーエンドを迎えられなかった、アンディザ屈指の悲劇の少女。
 俺は、そんなアミレスにハッピーエンドを迎えさせてあげようとしている『彼女』の願いに感動していた。賛同していた。

 叶うなら俺もそれに協力したい。それに……俺の『この世界を楽しむ』目的は、きっとアミレスの近くにいた方が達成しやすいだろうから。
 だから俺は、魔力で中身のない分身体を作れる魔導具を作った。それで俺の分身を軟禁部屋に閉じ込め、俺自身はフォーロイト帝国に向かった。そこで、俺はついにアイツと顔を合わせた。お互い顔を知っていたとは言え、中身は別物だったからな。