「いや、つーかそもそもだ。ここって何作目の世界なんだよ。この手のラノベとかだと一作目の世界なパターンが多いイメージだが……」

 現時点では何も情報が無い。ぶっちゃけた話、一作目か二作目か三作目かを判断する方法はほぼ無いに等しかった。
 俺はとにかく情報収集に徹する事にした。何故か言語の理解が可能だったので本を読んだり、超美人な母親やカイルと似ている兄に聞いたり。幸いにも関係者の情報はカイルの記憶から読み取れたので、呼び方とかルールとかは特に苦労しなかった。

 だがしかし、急に口調や性格が変わった事は当然不審がられた。それには適当に『俺も大人になったんだ』とか答えて、やり過ごした。
 そうやってカイルとして過ごし始めて一週間が経った頃、俺は腹違いの兄達から酷い嫌がらせを受けた。そこでようやく思い出したのだ。カイルというキャラクターの重く苦しい過去を。
 痛いのは嫌だし、めちゃくちゃ怪我をして母親と兄に心配をかけるのも嫌だった。

 カイルの才能が覚醒したのは、いつだっけな。十歳とか言ってたっけな…………。
 大雨の中で腹違いの兄にリンチされてボロボロになった体で、俺は虚ろな意識の中思い出す。後三年……三年耐えたら、ゲーム通りにカイルの才能が覚醒して、こんな風に殴られる事は無くなる。

 ──本当に、それでいいのか?
 弱気になった俺の心に、誰かが語りかけてくるようであった。
 ──このまま行けば……ゲーム通りに母親はクソみたいな父親の言いなりになって、兄は事故死する。本当に、それでいいのか?

 俺は知っていた。カイルが母親と兄を慕い尊敬していた事を。それと同時に、腹違いの兄達から酷い暴行を受けてもなお認めて貰いたいと思っていた事を。

「……っ、それで、いいのかって……いわれても、おれ、には……なにも、できねぇ……じゃねぇかぁ……!!」

 ズキズキと痛む腹に力を入れて声を絞り出す。しかし、この叫びは雨音に飲み込まれた。
 そうだ。俺には何も出来ない。この世界はゲームの世界で、どうなるかが全て定められた世界。そんな世界でどうしろと言うのだ。だから俺の言葉は間違っていない、正しい筈なんだ。

「──! ……ル! カイルッ!」

 バシャバシャと雨の中駆け寄って来る男。カイルがとても尊敬している頼れる兄、キールステン。
 朦朧とする意識の中で、必死の形相でこちらを心配する兄だけを視界は捉えた。

「あに、き……」
「誰がお前にこんな事を……っ! とにかく今すぐ宮殿に戻ろう、体が凄く冷たい!!」

 三つ歳上の兄は俺を背負い、宮殿まで一生懸命走ってくれた。
 それから数日間高熱を出し、体中に酷い怪我があったからか、俺はずっと母と兄の看病を受けていた。二人共本当に優しくて、温かくて。
 こんな人達が将来カイルの才能の所為で不幸になるだなんて。そう考えたら、自然と俺の中で答えが決まっていた。……──俺がこの人達を守ろう。

 カイルの才能が原因なら、その才能も何もかもを隠し通せばいい。いずれそうなると分かっているのだから、その決められた未来を回避出来る可能性だって、どこかにはあるかもしれない。
 国王やら腹違いの兄達の駒として戦場に送られるなんて絶対に嫌だ。戦争なんて、元日本人の俺には無理な話だ。

 だから……カイルには悪いけど、俺はこの先の未来を変えてやる。チート能力を全部隠し通して、母も兄も守って、俺は俺なりにこの世界を楽しみたい。
 せっかくこの世界に生きる事が出来るのだから推しにだって会いたい。とにかく、俺はバッドエンドなんて嫌だ。出来る限り多くの人にハッピーエンドを迎えて欲しい。

「……──やるしか、ねぇよな。目指せ……大団円《ハッピーエンド》」

 高熱に魘されながら俺は決意した。
 それからというもの、腹違いの兄達からの嫌がらせに耐えながら日々を過ごしていた。
 怪我をしたら母さんと兄貴が悲しむ。だから可能な限り見える範囲に怪我が残らないよう、自然に立ち回っていた。それでもやはり怪我をする時はしてしまうもので……そういう時、決まって『治癒魔法が使えたら』なんて考えていた。

 これだけ沢山の魔力を持っていても、カイルは十歳になるまでそれにすら気づけてなかった訳だし、本当にあったら便利な魔力に限って無いんだから困るってものだ。
 これはいわゆる、痒い所に手が届かないチート能力なのだ。
 カイルがやっていたからと剣術などの勉強もしたが、全て結果を残さないように気を使った。あくまでも無能に、使い物にならないと判断して貰わないと。

 その裏で俺は夜な夜な魔導具の勉強と研究に明け暮れていた。単純に魔導具という響きがかっこよかったのと、確かファンブックか何かに『カイルには機械いじりの才能がある』みたいな事が書かれてた事を踏まえ、魔導具作りに向いているかもしれない。と思ったのだ。
 一年ぐらい基礎をしっかり読み込んで、いざ実践に移ると──当然だが失敗した。