「さて、と。何持っていくかなぁ〜」

 後頭部を掻き、自室で持ち物について悩む。
 アミレスが何かしらの理由でスコーピオンの所に行くと言い出し、誘われたから二つ返事で同行する事にした訳だが……正直、何を持っていけばいいか全然分からねぇわ。

「お、懐かしいなこれ」

 ガサゴソと自室の引き出し(からくり形式)を漁るうちに、いくつかの魔導具の試作品が出て来た。
 某探偵の道具に憧れて作った特殊な眼鏡。掛けるだけで千里眼の如き視野になるが、やり過ぎると脳が過負荷で死にかける。そして眼鏡を外した瞬間に地獄のような酔いに襲われる。……これは持っていかない方がいいな。不良品だし。

 眼鏡をそっと引き出しの奥にしまい、改めて色々と見て行く。結果、役に立ちそうな性能のヤツは一つも見つからなかった。
 強いて言えば、仕込み型魔導銃のステッキぐらいか? 何故か伸縮自在にしたから持ち運びも出来るし、これは役に立ちそう……だよな。多分。
 不安になりつつステッキを鞄に入れる。後は日用品と着替えと〜、などと旅行前夜のように部屋を散らかしていた所、

「カイル様! ってあれ、珍しく帰って来てる……じゃあなくて! 大変です陛下がお呼びです!!」

 コーラルが慌ただしく部屋に駆け込んで来た。

「はぁ? あのクソ親父今度は何の用なんだよ」
「それは分かりません……ただ、カイル様を連れて来いと多くの衛兵や騎士に命じておられまして。とりあえず今すぐにでも行かれた方がいいかと」
「面倒くさ…………」

 面倒な父親からの呼び出しにケッと苛立ちを露わにしつつも、俺は嫌々父親の元に向かった。途中で俺を探しに来た騎士達に囲まれ、逃げるつもりは無いのに逃げられないように両脇を固められた。
 そして連行された先は謁見の間。多くの騎士達に睨まれながら謁見の間に入ると、

「寄生虫の癖にいいご身分だな。オレ達を待たせるなんて」
「何故貴様のような愚図が……」

 腹違いの兄二人がゴミを見るような目で蔑んで来た。
 そして、その更に奥にいる父親もまた煩わしそうにこちらを見下して来る。

「カイル。いい加減大人しく自白しろ。貴様、何を企んでいる?」

 この国王は相も変わらず俺が王位継承権を放棄した事が気に食わないらしい。もうかれこれ一年以上この話をしているのだから。暇人かよ。

「だーかーらー、何回だって言うけど俺は王位も権力も全然興味無いの。王太子になんてなりたくないから王位継承権を放棄しただけなんですけど?」
「何の力も才能も持たない貴様にはそも分不相応な機会を与えてやっているのだぞ?! ただキールステンと同じ母を、正妃を母に持つというだけで! それを何故自ら放棄する!!」

 分不相応だって分かってんなら何でそんなに俺を王太子にしたがるんだよ……って、ああそうか。

「母さんにいい顔したいから俺を王太子にしたがってんのか。最近、母さんはずっと兄貴の世話で親父の相手どころじゃねーしな」

 いつまでもまぁうちの母親にご執心なこった。カイルの母親なだけあって、母さんは美人で性格もいいから仕方ねぇけどよ。
 煽るように言い放つと、父親は図星なのか顔を真っ赤にして体をわなわなと震えさせた。

「カイル貴様……っ!」
「そもそも論として、俺が兄貴達から散々嫌がらせ受けてた事は母さんもしっかり把握してるから今更いい顔しようとしても無駄も無駄。親父がそれを知った上で兄貴達を放置してた事も母さんはちゃんと知ってるぜ?」
「なっ!?」

 いや何驚いてんの? 俺等の母親は優しいんだから知ってて当然だろ。
 事故で昏睡状態の兄貴にかれこれ一年以上付きっきりで看病してるし、俺が腹違いの兄貴達から陰で虐められた時だって泣きそうな顔で看病してくれた優しい母親。

 何度か母さんの為にカイルの才能を解き放とうかとも考えたが、俺という存在の所為であのクソ親父に母さんが縛られるのが容易に想像出来たのでそれは却下した。
 俺が虐められてる事を知った母さんは当然親父に文句を言おうとしていた。でも、その時には既に俺がカイルになっていたので、『何もしないで、かあさん。とうさんが動いたら、きっとにいちゃん達は腹いせにもっとひどい事をしてくるから』と母さんに頼んで何もしないでいて貰った。

 兄貴も同様に俺を気にかけてくれたが、俺から親父に反発しないように言い聞かせておいた。
 あのクソ親父の事だから、俺を理由に母さんと兄貴を縛るからな。それが絶対に嫌で、俺はとにかく耐える道を選んだ。
 その結果がこれだけどな。

「だから俺を王太子にした所で母さんの好感度は上がんねーよ。なぁ、いい加減諦めてくれよ。俺はアンタ等の言う通り……何の力も持たない人間なんだから。俺は別にアンタ等に認められたいとか、力が欲しいとか全然思ってないんでね」

 ズキッ、と僅かに心臓が痛む。自分の心に嘘をつき続けるのはやっぱ辛いなー……。カイルが心底このクソみたいな家族に認められたがっているからか、こう言うと心臓が締め付けられるように痛い。

「この愚図がァ! 偉そうに! なんでテメェみたいなのがオレよりも継承順位が上なんだよ!!」

 頭の悪い叫びを上げながら、三番目の兄貴が殴りかかってくる。いつもならこのまま受けるんだけど……明日、アイツと出掛ける予定があるからな。怪我なんてしてたら、あのお人好しの事だから心配して来そうだ。

「兄貴が継承順位下なのってそーゆー所だろ、王の器じゃないからじゃね」

 少し体を動かせば躱せる簡単な攻撃。カイル・ディ・ハミルのポテンシャルならこれぐらい余裕だったんだ。
 ただ、色んな要素を鑑みてこれまでやって来なかっただけで。

「〜〜ッ! カイル、貴様ぁああああああっ!!」

 避けられた事と馬鹿にされた事が相当腹に来たのか、三番目の兄貴は怒髪天を突いてまた殴りかかって来た。

「ぐっ、ぁ……!?」
「俺さぁ、明日用事があるから今は怪我したくねぇんだよ。だから今日は全部避けるし、反撃もするから」

 また兄貴の攻撃を躱して、その上でその腹部に膝蹴りを入れた。突然の反撃に気が動転したのか、腹部を押さえながら、目を点にして瞳孔を震えさせている。

「なぁ親父、母さんにいい顔したいならさっさと兄貴を目覚めさせる方法見つけたらいいじゃん。何で国教会の大司教を呼ばないのか知らないけどさ」
「っ!?」

 何で、とは言ったものの……実の所もうとっくにその理由には見当がついている。
 兄貴は王太子としてとても優秀だった。人格者で昔からよく市井に降りては交流し、様々な慈善活動もしていたからか国民からの信頼も厚い。その癖流石はカイルの兄と言うべき文武両道っぷり。

 流石にカイル程のポテンシャルはないものの、世界水準で考えれば上の下程の実力を持つ事だろう。そこに正妃の第一子という条件まで加われば、兄貴が王太子になるのは自明の理。寧ろそれ以外の選択肢が全て排除されるというもの。
 親父は、臣下にしつこく言われて仕方なく側室を娶ったが、昔からずっと母さんにお熱だとかで……王子が既に三人いたにも関わらず毎夜母さんの部屋に通い、結果的にカイルが生まれたようだ。

 母さんが俺を産んで暫く育児をしている間に側室と作ったのが妹である。まぁ、俺あの子嫌いだけどな。年下のガキの癖してやけに俺に言い寄って来るんだよ……マジでめんどい。
 不運の事故で兄貴が昏睡状態に陥り、母さんによく思われたい筈の親父は何故か兄貴を目覚めさせるのではなく俺を代わりの王太子に据える方向に進んだ。
 兄貴は優秀な王太子だった。それ故に、一部の臣下も国王も兄貴がいずれ王になる事に難色を示していた。だってそうだろう、あの優秀な男が王になれば今のような贅沢や不正が許されなくなるのだから。

 それなら、俺のような無能な馬鹿を旗印にして王の権力を与えつつ傀儡にした方が都合がいい……とか考えたんだろう。だからあえて兄貴を放置している。
 国教会に大司教の派遣を要請していない時点で、その説で確実だろう。

「それとも何? 兄貴が目覚めたら困る事でもあんの? …………ああ、もしかして。そもそも兄貴が昏睡状態に陥った事故が事件だってバレたくないとか?」

 親父の顔が青く染まり、その首筋を冷や汗が伝う。
 うわマジか、カマかけただけなんだけど……そうかもとは思ってたが、マジで兄貴は意図的に事故に遭わされたのか。腐ってんなコイツ等。