───パタリ。そこで、何人もの大司教や枢機卿が残して来た観察記録はおもむろに閉じられた。
 それに冷たく、無機質な視線を落としていたのは他でもない聖人ミカリア・ディア・ラ・セイレーン。彼は部下達が記した神々の愛し子の観察記録を見て、重くため息をついた。

「……本当にめんどくさいなぁ……どうして、こんなにも胸騒ぎがするんだろう」

 愛し子の事を考える度に、自分というものが塗り替えられるような錯覚や悪寒と、理由のない胸騒ぎに襲われる。それはミカリアが愛し子に初めて会った時からの事であった。

(でも、これが恋とか愛ではない事だけは分かる。だって姫君の事を考える時はうるさいぐらいに心臓がドキドキして、体中が熱くなるから……これはそういう感情ではない。いや、寧ろ──)

 ミカリアは自覚していた。茨のように全身に巻きついてはその棘を食い込ませる、もう逃げる事は不可能な己の抱く淡い熱情を。
 それはかの少女と踊った時に自覚しかけ、やがて時を置いてから自覚されたもの。ミカリアは己が本来あるべき状態に戻ったのだと信じて疑わなかった。

(……真逆。僕が愛し子に抱く感情は、姫君に抱くものの真反対だ)

 故に。相対的に愛し子を嫌う。着実にこの世界に根を張り、影響力を増すばかりの神々の愛し子(ミシェル・ローゼラ)の運命力。
 しかし、ミカリアはそれに抗おうとしていた。

「ふふ、あぁ……姫君に会いたいな。会ってまた名前を呼んで貰いたい。手を繋ぎたい。抱き締めたい。この安全な鳥籠の中に閉じ込めて守ってあげたい。いっそ、彼女の純潔までも全て奪い去ってしまいたい。彼女の全てを僕のものにしたいなぁ」

 たった一人の存在への、狂った執着によって。
 愛し子の観察記録を机の上に放り投げて寝台《ベッド》に倒れ込み、ミカリアは鋭い笑みを作って歪んだ欲望を口にした。
 熱の篭った吐息。夢見る幼子のように輝く瞳。たった一人の事を考えるだけで強く鼓動する心臓。
 ドキドキとうるさいぐらいに高鳴る心臓を左手で鷲掴み、彼はいつの日か憧憬の中の少女と指切りを交わした小指を優しく唇に当てて、

「……──あぁ、好きだ。僕は……貴女の事が、とても好きだ」

 とても幸せそうな微笑みを浮かべていた。