「二人だけの秘密だからね?」
「えっ……はい、分かり……ました」

 ドキッ、と心臓が音を生む。口元に人差し指を当てて、いたずらっ子のように笑う王女殿下の姿に、俺は謎の高鳴りを覚えていた。
 まてまてまてまて! 相手は王女殿下だよ、十三歳の少女だよ!? 恩人相手に一体何を考えているんだ俺は!!!?

 内なる愚かな自分を必死に黙らせて、俺は何とか返事した。だいぶ挙動不審だよねこの返事。
 そして、王女殿下から報酬をいただいたのだが……この御方から報酬を受け取る事への抵抗が凄かった。だから俺は氷金貨一枚と本来よりも少なく要求した。

 だって俺は王女殿下の役に立ちたい。見返りの無い優しさや愛情をくれたこの御方に、せめて役に立つ事で報いたかった。だから本当は一枚たりとも貰いたくなかったけど、報酬を一枚も貰わなかったら契約不履行という事で依頼者側に責任が問われる。

 それを避ける為に、仕方なく氷金貨を一枚要求した。もっと安くてもいいんだけど、あんまり安すぎると上に報告した時に詰められて厄介になるとサラから聞いたので、本当に仕方なく氷金貨一枚を頂戴した。
 …………この氷金貨は家宝にしよう。絶対に使わない。お守りにするんだ。

「いやいやいや……いくら私が諜報部の事に明るくなくてもこれがおかしい事だとは分かるわよ。本当はどれぐらいの金額なのかしら?」

 訝しげな表情で王女殿下が言及して来た。
 依頼を受けた時から思ってたけど、王女殿下は一体どこで諜報部についての情報を得ているんだろうか。各部統括責任者が情報源かな……。
 ふと考えるも答えが出る訳がなく。とりあえずこれは一旦置いておいて、俺は金額を変える意思は無いと伝えた。それでも納得がいかない様子の王女殿下に、俺は提案する。

「……では、次にお会いする時まで考えておきます。それまでは報酬も保留という事で」

 よく言った俺。さりげなく次の依頼では俺を指名してくださいと暗に言えたぞ。果たして、次があるかどうかは分からないけど。

「保留??」
「はい。それでは俺はこの辺りで。改めまして……この度はご依頼ありがとうございました──またのご贔屓を」

 きょとんとする王女殿下に一礼し、闇の魔力を使ってその場から離脱した。
 王女殿下にまた会えるかもしれない。その可能性だけで俺は頑張れる。王女殿下の役に立てるよう、これからも訓練に励もう。少しでも早く強くなって、彼女の為に働くんだ。

「あ、おかえり。兄ちゃん」
「サラ。ただいま」

 諜報部に戻ると、我が最愛の弟が出迎えてくれた。まだ完璧に記憶が戻った訳ではないが断片的に記憶が戻りつつあり、俺が兄である事もなんとか思い出してくれたのだ。
 それからは、こうして昔のように『兄ちゃん』と呼んでくれている。それがとても嬉しい。

「そうだ兄ちゃん、実は兄ちゃんがいない間に凄く大きな仕事の話があったんだ。僕の方で勝手に兄ちゃんの事も候補に入れたけど、問題無かった?」
「それってどんな仕事なんだ?」

 サラがそういう事を勝手にやるなんて珍しい……と驚いていると、サラは共有スペースの引き出しから一枚の紙を取り出してこちらに見せて来た。
 その紙にはなんと──、

「アミレス・ヘル・フォーロイト王女殿下の……影の、任命……っ!?」

 王女殿下の影の任命にあたり、選抜試験を近々行う旨が書かれていた。
 そもそも皇族の影というのは、お一人につき一人つく専属の諜報員の事。その役目は多岐にわたり……諜報員らしい潜入捜査、ある時には代理や護衛まで、ありとあらゆる事を任される存在。

 要するに、皇族専用の便利屋のようなもの。基本的に皇族が十歳を迎えた時にその時の諜報部の中から一人が選抜され、皇族に仕える事になるらしいのだが……これまで、王女殿下には影がいなかった。
 皇太子殿下には当時の諜報部でもトップクラスに優秀だった男が影として仕えているらしい。噂によると、皇太子殿下の秘書のような役割を任されているのだとか。

 しかし皇帝陛下が不要としていたとかで、王女殿下には影がつかなかった。それが今になって、各部統括責任者の意向で王女殿下にも影をつける事になったらしい。
 まさに青天の霹靂。こんな形で、王女殿下のお役に立てる可能性が新たに芽生えるなんて。それも、王女殿下に直接仕えて……。

「王女殿下の恩に報いたいって、兄ちゃんよく言ってたから……とりあえず候補に入れておいたんだ。選抜試験は来月だって」
「サラ…………っ! やっぱりお前は最高の弟だぁああ!!」
「わぁっ! ちょっと、兄ちゃん苦しいって……」

 感極まり、俺はサラをギューッと抱きしめた。サラは照れているのか耳を赤くしていて。
 我が最愛の弟の素晴らしい気遣いのお陰で、俺は王女殿下の影になる為の選抜試験に参加出来る事になったらしい。俺はなんて恵まれているんだ……こんなにも最高の弟がいるなんて、世界中から羨ましがられそうだ。

「サラ、俺頑張るよ。頑張って王女殿下の影になってみせるから」
「頑張ってね、兄ちゃん。僕も応援してるよ」

 サラに向け、キッパリと宣言する。
 王女殿下の影となり、いつだってあの御方の傍にいたい。あの御方の役に立ちたいんだ。それがきっと、俺に出来る一番の恩返しだから。
 ……──この恩を返す為ならば、殺し以外のどんな手段だって取ってみせる。絶対、絶対に……王女殿下の影になる。そして、あの御方の為に働くんだ。

「サラ、この後訓練に付き合ってもらってもいいか?」
「分かった。今日はもう仕事も無いからいつまでもいけるよ」
「ありがとう、それじゃあ朝まで頼む」

 実戦経験も豊富なサラに教えを乞う。サラは途端に諜報員らしく無表情になって、俺の申し出を快諾してくれた。
 休憩時間に王女殿下の改正案が可決された話を聞いては更にやる気を漲らせて、俺達は本当に、翌朝まで訓練に励んでいた。