さて。そんなメイシアが今、私の目の前にいます。歳は十一歳程だろうか。
 大きくて丸い宝石のような赤い瞳と、藍色の長髪が相まってまさに人形の如き愛らしさの少女。
 その右手には義手を隠す為の手袋が着けられている。
 メイシアは私に名前を呼ばれて驚いたのか少し目を見開いて、

「どうして、わたしの名前を?」

 と呟いた。もう失礼かと思い、私はメイシアの顔から手を離して、それに答える。

「……私も貴族のようなもので。まさか、伯爵令嬢の貴女がこんな所にいるなんて……やっぱり来てよかった」

 目に見える所には傷が無さそうだし、多分、まだ酷い事はされてないのだろうと分かって私はとりあえず胸を撫で下ろした。

「メイシア、貴族だったの……?」
「それも伯爵令嬢なんて……」

 声をかけてくれた女の子と、赤褐色の女の子が驚いたような声をあげた。赤褐色の女の子は「しかもあなたまで……」と鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
 ……ふむ、こっち側に座っていると、確かに通路近くの人の姿が少しは見えるわね。

「本当に、わたし達を助けてくれるの?」

 メイシアが私の服の裾をくいっと引っ張る。彼女はかなり無表情だったが、その手は少し震えていた。
 そりゃあそうだよね、メイシアはこのままだと明日の朝には売られてしまうんだもの。怖いに決まってる。……本当に今日来れて良かった。間に合って、良かった。

「その為にここまで来たから。安心して、私、こう見えて結構強いんだから」

 任せなさい! と胸を叩く。メイシアは不安そうにしながらもゆっくりと頷いた。
 そして、メイシアが私を信じてくれた事によりあの二人の女の子も私を信じようと思ってくれたようで、赤褐色の女の子がナナラ、声をかけてくれた女の子がユリエアと言う名前を教えて貰えた。……私はここでもスミレという偽名を名乗った。
 私は幸運な事にナナラとユリエアとも少しは打ち解ける事が出来た。
 ナナラは五人姉弟の長女だとかで、世話焼きで責任感が強いみたい。
 ユリエアはおっとりしていて、ナナラとは幼なじみらしい。先日二人でお使いをしていた時に一緒に攫われてしまったとか……。
 いつ奴隷にされるかも分からないこの状況で、無駄に期待させるような事を言う私が現れたものだから、つい声を荒らげてしまったのだと謝ってきた。
 これは私が悪いと私も謝った。ロクな説明も無しにそんな事を言っても困惑させるだけだったよね、と。
 そうやって話していると、この檻の中にいる最後の子がようやく会話に参加してきた。

「それで、結局、どうやって皆を助けるのー?」

 白髪の所々に黒いメッシュの入ったボリュームのある髪に、不思議な感じがする金色の瞳を持つ、明るい声の少年がコロコロコロと転がりながら聞いてくる。
 ……至近距離だと意外と姿が見えるものね。彼が美少年なのだとよく分かる。

「えっと……とりあえず全ての檻を壊して、皆を逃がして……」
「ふむふむそれから?」

 見切り発車で決行したこの計画、奴隷商の拠点に潜入するまでは良かったんだけどその後の事を何も考えていなかったから、今かなり焦っている。
 しかし少年を始めとしてナナラもユリエアも興味津々とばかりにこちらを見つめてくる。なので私は、今必死に考える。

「……悪い大人を倒して、警備隊に突き出す?」

 最早計画とは言えない計画を恥ずかしさから顔を熱くして話す。
 それを聞いた少年は楽しそうに笑う。

「あっははは、いいねぇそれ、単純でとっても楽しそうじゃないか! そういう事ならぼくも一枚噛ませてもらおうかな!」

 少年は寝転がったまま、足をバタバタとさせてはしゃいでいた。……キャラが濃いなぁ、こんな子ゲームにはいなかったと思うんだけど……まぁそう言う事もあるか。ゲームにいなかった人なんて既に結構出てきてるし。
 ここはゲームの世界ではあるが現実でもある。ゲームで描かれていなくとも、様々な人生や物語が繰り広げられている。
 これぐらいキャラが濃い人が普通にいたっていいじゃないか。

「……そう言えば、君の名前は?」

 ふと思い出して、私は少年に名前を尋ねた。

「ぼく? ぼくはねー、えっとぉ、そうだなぁ、シュヴァルツって呼んで!」

 可愛らしい満面の笑みを咲かせながら少年……シュヴァルツは言った。いやかっこいい名前だなおい。