「先程も話しました通り、義務教育過程は六年。六歳から十二歳までの六年間を義務教育とするのです。教育の無償化とは、その間の学費を取らない事を指します。そうする事で誰もが等しく知識を獲る事が可能になります。その六年で子供達に様々な教育を施し、その後の進路については本人達の意思に任せるのです。働くもよし、更なる学習の為に進学するもよし。私《わたくし》は、これらの法改正で少しでも多くの選択肢を子供達に与えられたらと考えておりますの」

 知識とは人類の積み重ねてきた最大の宝。誰もがそれを享受する資格を持ち、誰もがそれを活用する権利を持つ。
 だがこの世界ではそもそも学ぶ事が出来ない人も多いと聞く。周辺諸国と比べても識字率が高いフォーロイト帝国ですら、一部地域では読み書きが出来ない人もいると聞く。少しでもそういう人が減り、知識の貴賎が無くなればいいのに。

 今すぐに完璧に無くす事は出来ずとも、せめてその切っ掛けだけでも作れたら。それは、きっと前世の記憶を持つ私にしか出来ない事だから。

「確かに我が国の一定数の子供達に無償で教育を受けさせるとなるとそれなりの出費になります。しかし、後の利益を考えるとそこまで損ではないでしょう? 何故ならこれは先行投資だからです。例え大金を費やしたとしても、いつかの未来で必ず国益としてそれは還ってくる。未来ある若者達がその未来で帝国に貢献する為に、我々が若者達を育むのです!」

 一度深呼吸をして、この勢いのまま私は続ける。

「人材とは宝です。どんな事業、どんな国であろうとも人なくては成り立たない。この教育法とは、この先の未来にて我が国を支え発展させる人財を育む事が最大の目的。更なる帝国の発展には欠かせない法律だと、私《わたくし》は考えました」

 話したい事を話せたので、ちょっとした達成感からふぅ、と一息つく。
 ふとハイラ達の方を見ると……初めて授業参観に来た親のように頬を染めて涙ぐむハイラと、そんなハイラにハンカチーフを貸すランディグランジュ侯爵の姿が。その隣では足を組んで頬杖をつき、とても楽しそうにほくそ笑むシャンパージュ伯爵がいた。

 悪役かな。と思わず笑いがこぼれてしまいそうになったがなんとか我慢して、ぐるりと会議場を見渡し、私は今一度笑顔を作った。

「我等が皇帝陛下は帝国の更なる発展をお望みです。聡明な臣下の皆様ならば当然お分かりでしょう……帝国の停滞に繋がる事ではなく。帝国の発展に繋がる事にこそ、我々は決断を下すべきなのです。新しいものは怖いという保守的な考えを否定するつもりはありません。しかし、時代とは移り変わりゆくもの。文明も、価値観も、全て時代に合わせて変わるべきなのです」

 演説をする政治家のように、右手を胸の高さに掲げる。そして私の手を取れと言わんばかりに手のひらを天に向けて、

「誰もが新たな道、新たな一歩を恐れるのであれば、私《わたくし》が道を切り開き先を行きましょう。お前達が安心して進めるよう、私《わたくし》が全ての障害を退けましょう」

 力強く、だがどこか語り掛けるように告げる。
 会議場にいる誰もが私の言葉に耳を傾ける。今ならば、きっと私の言葉は彼等の心にも届く筈だ。
 開いていた手のひらをギュッと握ると同時に、会議場に入った時に浸透させた己の魔力を使用して私はちょっとした魔法を使った。
 やっちまえ、過冷却!

 空気中に浸透させた私の水の魔力を一気に発動し、それら全ての水温を一気に下げた。過冷却が何かは興味が無かったのかあんまり覚えてないものの、多分、氷点下でも凍らない現象の事だろう。間違ってそうだけど!!
 それはともかく。これにより、私が握り拳を作った途端この会議場の室温は相当下がった事だろう。真夏なのに、今やこの室内だけは秋のように肌寒い。

 そんな筈はないと思っていようとも、流石にあまりにも突然の事に、誰もが私とこの現象の因果関係を切り離して考えられないようで。
 私への注目は最高潮。待ってましたとばかりに今の私に出来る一番の悪役顔を作り、

「──何故なら。私《わたくし》はアミレス・ヘル・フォーロイト……この世に生を受けたその時から、民を導く事を定められしこの国の王女。例え異端者だ野蛮者だと罵られようとも構わない。愛する帝国の為に身を捧げる覚悟など、とうの昔に出来ているのだから!」

 まぁ、半分嘘だけど。アミレスはそう思ってるから半分は本当だよ。私はそんな事微塵も思ってないけどね。