アルベルトが訪れた痕跡を完璧に消し、報告書の内容を全て暗記してからそれをビリビリに破いてゴミ箱の中に入れた。
 私が諜報部に接触し、依頼までした事実は誰にも知られてはいけない。例え信頼のおける仲間達であろうと──……いや、信頼のおける仲間達だからこそ隠し通さないといけない。
 この計画に、皆を巻き込む訳にはいかないから。

「……よしっ。そろそろ水晶宮に向かわないと」

 軽く頬を叩いて喝を入れ、私は部屋を出た。するとそこにはイリオーデが団服の姿で佇んでいて、彼は私を姿を見るなりぺこりと会釈した。

「それじゃあ行きましょう、イリオーデ」
「お供致します」

 イリオーデと共に水晶宮を目指して歩き始める。その道中で私達を待っていたらしい師匠とマクベスタとカイルに会って。どうやら三人は、激励の言葉をかけに来てくれたらしい。

「頑張って来てくださいね。俺達も……色々と頑張るんで」
「お前なら何も心配は要らないだろうが、とにかく頑張れ。応援している」
「がんば〜」

 いやカイルあんた応援する気無いわね。めっちゃ緩いじゃないの。
 相変わらず適当で軽薄な男に呆れていると、遠くからドタバタとした音が聞こえて来て。それは徐々に大きくなり……、

「あぁーーっ! 間に合ったぁ!!」
「待つのじゃアミレス、我まだ何もお前に言えてないのじゃ!」

 侍女服に身を包んだ二人の少年少女が、大慌てで駆け寄って来る。

「あのねあのねっ、おねぇちゃんはすっごい人間なんだから、他の奴等の言葉とか全部無視してやりたいようにやっていいんだよぅ!」
「そうじゃぞ! お前はこの我に認められた稀有な人間なのじゃ。それはもう好き勝手ぶちかましてやればよい!」

 白髪の美少年と翡翠色のツインテール幼女は、その顔に似合わず雄々しい言葉を口にした。そしてナトラに骨が折れてしまいそうなぐらいの力で背中を叩かれる。
 叩かれた部分がじんじんと痛むけれど、ナトラに悪気なんてないだろうし……ただ純粋に背中を押そうとしてくれただけだろう。
 だからこの事には言及せず、私は皆の見送りの中、東宮を出た。

 暫し歩くと雪花宮は水晶宮に着いた。待機していた衛兵によって貴族会議の行われる部屋まで案内され、やがてゆっくりと扉が開かれると、途端に私の感情が凍てついてゆくかのような錯覚に襲われた。
 これから戦場に立つからだろうか。この状況に緊張も萎縮もしない、無感情な己の一面に少しばかりの驚愕を覚える。

 ゆっくりと会議場に足を踏み入れると、大勢の貴族の粘りつくかのような視線が私に集中する。まるで吟味するかのような失礼な視線が、頭からつま先まで向けられる。
 この場に皇帝がいないとはいえ、フリードルはいるのだ。そんな場に嫌われ者の王女が堂々と現れた事が不思議でならないのか、多くの貴族達はコソコソとこちらを見ながら話する。

 私、これでも一応フリードルの誕生パーティーに参加してたんだけどね。皆さんの記憶から存在を抹消された?
 などと心の中で文句を言いつつ、誰にも気づかれないよう細心の注意を払いながら、会議場中に己の魔力を浸透させてゆく。少し、後でやりたい事があるのだ。

 日本の国会議事堂かのような、広大な会議場。そこの中心に向かって歩きながら横目に周りを見渡してみる。すると、参席する貴族達の中に、ハイラとランディグランジュ侯爵とシャンパージュ伯爵の姿も見えた。
 彼等のような有力貴族も、可能なら貴族会議に参席するように命じられているらしい。可能ならなので、用事があれば別に参加しなくてもいいらしいのだが……どうやら王女派閥の貴族として、私の応援に来てくれたようだ。

 三人は他の貴族達とはまた違う場所に並んで座っているのだが、目が合ったら三人共会釈してくれた。
 今は表立ってそれに反応する事が出来なくて残念だ。
 中心の壇上に立つと、待ってましたと言わんばかりに、ケイリオルさんがおもむろにこちらまでやって来て。

「お待ちしておりました。こちら、不必要かとは思いますが王女殿下の分の資料になります」
「あぁ、どうもありがとうございます」

 作成した資料は事前にケイリオルさんに渡し、複製を頼んでおいた。何せ私が複製しようとすると手書きなので手間暇がかかりすぎる。
 その点、ケイリオルさんが複製魔導具(コピー機)を持ってると前々から聞いていて、実は最初のプレゼンの際も資料の複製を頼んでいたのだ。今回もそれを頼んだだけである。
 ニコリと微笑んでその資料を受け取ると、

「王女殿下が到着される五分前には皆様到着なされていたので、目を通しておいて下さいと伝えて事前に資料をお渡ししておきました」
「あらそうですの? 説明が楽になりますわ」

 ケイリオルさんの気遣いが光る。きっとこの会議場にいる人達は、私が来るまでの待ち時間にそれなりに読み込んでくれていた事だろう。

「では、始めさせていただきますね」

 ケイリオルさんが一歩前に出て息を吸う。