今日は気合いを入れてドレスを着た。化粧もお洒落も女の武器──そう、ハイラや伯爵夫人から教わったからである。

 初対面の大人達の誰にも侮られないよう、私は女の特権とも言える鎧に身を包んで覚悟を決める。
 今日はついに貴族会議当日。王城敷地内にある雪花宮エリアが解放され、そこにある水晶宮という場所に多くの貴族が集まり会議する。年に一度、この貴族会議の時にのみこのエリアは解放されるので、実の所私もその水晶宮はおろか雪花宮という場所には初めて足を踏み入れるのだ。

 雪花宮という建物は、言うなればいくつもの宮殿の総称だった。この氷の国で冷たき雪にも負けず咲き誇る花々を讃える尊称──……とか意味不明な由来らしい。
 皇帝や皇后、王子や王女の住まいは北・西・東の皇宮のいずれかだが、皇妃……いわゆる側室の住まいとして存在していたのが雪花宮の別宮だったのだという。先述の花々というのは側室の事を指すらしい。そして多分、雪は氷の血筋(フォーロイト)の事だろう。

 広さは全て同じで、全部で九つの別宮があるのだが、その全てが今は使われておらず封鎖されている。皇帝に側室がいないのだから当然だ。
 その中で唯一使われているのが水晶宮と呼ばれる最も王城に近い宮。ここだけは別宮でありながら別宮として扱われていなかったらしく、昔からずっと重要な会議や有事の際の避難場所などとして使われていたらしい。

 本当に色々とよく分からない国だな……と物思いに耽っていた時だった。突如として窓の外に一輪の花が置かれた。
 それに気づいた私は、支度を手伝ってくれていた侍女達に「精神統一の為に、少し一人になりたいの」と言って部屋から一度出ていって貰った。その際、侍女達が「精神統一……?」「精神統一」「精神統一ですか……」と疑問を零していた。まぁ確かに意味不明よね、急に精神統一って。
 気を取り直して、窓を開け放って数歩後ずさると、

「大変長らくお待たせ致しました、王女殿下」

 聞き覚えのある声と共にその窓から一人の黒ずくめの男が現れる。私は小声でその男を歓迎した。

「待ってたわよ──……ルティ(・・・)

 彼はおもむろにそのフードを取り、傷一つ無い綺麗な顔を見せてくれた。相変わらず瞳は虚ろとしているのだが、それは何やら魔眼の暴走とやらの所為なので仕方の無い事。
 それよりも、あんなに痣だらけだった彼の綺麗な顔がこうして完璧に治って本当に良かった。あの夜や裁判の日に見た彼の──アルベルトの顔には、つい目を逸らしてしまいそうな痛々しい痣があったから。

 しかし……改めて見ると本当にサラと似ている。いや、この場合サラがアルベルトに似ているのだろうけど。流石は兄弟ね。本当に瓜二つ……声を寄せて髪型まで揃えられたらもう、見分けがつかなくなるんじゃないかしら。
 しかし、この国が涼しいとは言え今は真夏よ? その全身黒ずくめスタイルって暑くないの?
 なんてしょうもない事を考えていると、アルベルトが懐から紙の束を取り出して、

「王女殿下、依頼されていた調査が終わりましたのでその報告に参りました。こちらになります」

 それを手渡して来た。私はそれを受け取り、一度軽く目を通してニヤリと笑みを作る。期待通りの調査結果だったのだ。

「ありがとう、ルティ。助かったわ」
「いえ。これも諜報部として当然の働きにございます。これからも、何かありましたら俺にお申し付けください。王女殿下のお望みとあらば、どんな情報だって手に入れてご覧にいれましょう」
「それは心強いわね。情報が欲しい時はまた頼ませて貰うわ」

 実は先日、私はアルベルト──諜報部にとある依頼をしたのだ。それはフォーロイト帝国のどこかにいる筈のある組織について。
 向こう一年以内に確実に発生する大公領の内乱に備えて、私は誰にも言わずに裏でその組織の情報を集めていたのだ。

 ───今から一ヶ月程前。
 私は、王城にある大書庫に訪れていた。単純に読みたい資料があった事と、諜報部へと依頼をする為である。
 当然ながらイリオーデが護衛として共にいたのだが、「この本を探して欲しいんだけど……」といくつかの本のタイトルを書いたメモを渡せばイリオーデは大人しくそれを探しに行ってくれた。
 そうして一人になった私は迷わず受付に行った。大書庫にある本を持ち出す時などに申請書類を提出する場所である。

 そもそも、何故諜報部への依頼の為に大書庫、それも受付に行ったのか……それはひとえに諜報部が極秘部隊な事に起因する。
 諜報部は各部署の中でも特に秘匿性が高く、皇帝の命令しか聞かない組織と言われる程に接触が難しい。それもその筈。そもそも誰もが諜報部がどこにあるかすら知らないし、誰が諜報部所属の人間なのかも知らない。

 しかも諜報部所属になった人は自分が諜報部の人間であると、例え身内相手でも口外してはならない。日本の公安のような組織なので、接触なんて最初からまず不可能なのだ。
 そんな諜報部に接触し、なおかつ皇帝でもないのに依頼なんてものをする方法が一つだけある。それが、大書庫──その受付にあるのだ。
 こういう時、本当に転生者でよかったと思う。こういう反則的な知識を持っていられるのだから。