六月の終わりに貧民街大改造計画が完了し、ついに大衆浴場や学校のようなもの、そして診療所の運営が始まった。とは言えども、現場監督などは全てシャンパー商会から派遣された人が担っている。私がするのはそれら貧民街で行われている様々な事業の統括だ。

 そしてその学校のようなものの運営に際して、なんと私が教育に関する法改正の為の草案を練る事をケイリオルさんに命じられた。
 出来る限りこの世界でも再現出来そうな草案を練り、やがてお偉いさん達の前でプレゼンした。勿論最初は『見通しが甘い』『非現実的だ』『その法の主旨が分からない』と散々ダメ出しを食らった。

 しかし私はへこたれなかった。あんなにボロクソに言われては逆に燃え上がるというもの。
 やってやろうじゃないの、転生チート! と暫し自重する事を止めて草案を練った。
 そして頭ごなしにダメ出ししてくるお偉いさん達の前にその草案と補足の為の資料約三十ページを叩きつけ、

『皆様、これより二時間程時間をいただきますわ。よろしいですわね?』

 有無を言わさぬ笑顔と圧で私はプレゼンを始めた。
 日本の教育に関する法を真似たいくつかの法。いわゆる就学支援だったり、義務教育だったり、職業訓練学校だったり。当然この世界では簡単には理解されないそれを私は一から十まで細かく説明し、反論の隙を与えなかった。

『──この就学支援とやらに何の意味が……』
『世の中には教育を受けたいと願っていても金銭面からそれを断念する人が多い事実は、国際的な社会問題ともなっている事です。この就学支援にて卒業までの金銭面の補助を行い、卒業後に少しずつ借金を返させたらよいのです』

 詳しくは資料十三ページを、と資料を見るよう促す。

『──この貸与と給付の形式も謎だ。給付など与えるだけでこちらになんの利益も無……』
『資料に書いてあります通り、給付形式の就学支援は厳正なる審査と契約のもと履行されます。学校に通う金銭を全面負担する代わりに、必ず卒業後は国にその身を捧げる──いずれ国益となると確信出来る相手への先行投資のようなものです』

 先行投資なら皆様でもご理解いただけますよね? と圧をかけた。

『──ではこちらの職業訓練学……』
『少しでも多くの人に職業選択の自由を与えるべく、様々な技術や知識を中心に教える場となります。どうしても専門の知識や技術がなくては就けない仕事も増えつつある昨今において、それに反比例するかのように技術者や専門家は減る一方。これは、それの打開策として専門家の増加と市民が手に職をつける事の二つを目的とした案にございます』

 失業率やそもそもの就職率を鑑みての案です。と言い放った。

『──一定の年齢までの教育を義務化するなど子供の成長に悪影響で……』
『いえ、寧ろ良い影響ばかりかと。一定の年齢までの時間を学校で過ごす事によって、対人関係を知り、社交性などが育まれ友達ができる場合とてあります。そして一定の年齢までの教育を義務化する事で、教育における貧富の差というものを無くす事が可能になります』

 その後更なる教育を望む者には、引き続き学校に通わせればいいのです。と補足した。
 そんな風に私はお偉いさん達からの全ての質問に食い気味に答え、捲し立てた。たまに変化球を投げてくる性格の悪い人もいたけれど、それにもきっちり答えた。

 その末に無事第一関門は突破。後日ケイリオルさんが皇帝とフリードルと各部署部署長が参加する会議にて、この草案を議題にかけたらしい。
 私が考えたものだと言う事で最初は難色を示されたそうだが……内容がしっかりとしていた事、ケイリオルさんがこの草案に理解を示してくれていた事から長い会議の末なんと第二関門も突破。

 後は最終関門──貴族会議と呼ばれる場にて過半数の賛同を得れば、この法案は可決されて無事法改正となる。
 何故そんな事まで私がやらなければならないのか甚だ疑問ではあるものの、これもこの国の未来の為だと。そう割り切って、私は現在、貴族会議用の資料と台本を作成中なのだ。
 その上で、普通の仕事も回ってくるわ個人的な調べ物もするわでもう忙しい。本当はカイルの相手なんかしてる暇無いぐらい忙しい。

「今後の大衆浴場の維持に割く人件費は一週間の利用者数から鑑みて……診療所の利用者数が想定よりも……もう少し宣伝した方がいいかしら……」

 現地で運営と管理をしてくれている人達から送られて来た定期報告に目を通し、ぶつぶつと呟きながら頭を悩ませる。

 大衆浴場の運営はかなり上手くいっているようで、低価格でありながらも既にかなりの売り上げを記録している。出来る限り貧民街の中でも街に近い場所に作った事から、貧民街の人達だけでなく街の人達も利用してくれているらしい。
 毎日湯浴みが出来るのなんて浴槽が家にある貴族ぐらいで、貧民街の人達はおろか一般市民の人達でも難しい。

 そんな中出来た大衆浴場。低価格でありながら、二十四時間好きなタイミングで利用可能。石鹸は無料だが、他の人が使ったものはちょっと……という人向けにシャンパー商会で取り扱う石鹸を受付横にて破格の安さで販売。更には肌触りのいいタオルなども販売しており、持参するのを忘れたという人は買う事が出来る。

 最初は誰もが見知らぬ人と同じ湯船に入る事に若干の抵抗を見せていたものの、それも一週間も経てば慣れたようで。男湯と女湯が完全に別れており、銭湯のように荷物を入れるロッカーと鍵(どちらも魔導具)が五十個ずつ設置されている。更に、入口を徹底的に監視している為、防犯面も完璧。

 そのありえない金のかかりっぷりとシャンパー商会運営という点から、帝都の人達から既に絶大な信頼と人気を得ている。