「相当衰弱してたのか、人類を滅ぼしかねない呪いを振り撒いてやがったがな」
「衰弱……緑は無事なのか?」
「おう。オレサマのお気に入りの人間がしっかり助けてたぜ? つーか、お前もいい加減人間界に帰れよ。緑の竜もお前に会いたがってんじゃねーの?」
「…………無理だ。もう、僕にはあの子に会う資格が無い」

 中身の無い左袖をぎゅっと掴み、クロノは目を伏せた。
 クロノ──黒の竜は、緑の竜(ナトラ)の兄にあたる竜だ。五体しか存在しない竜の中で一番最初に世界より産み落とされた存在。いわゆる、長男というものにあたるとか。

 アイツは百年ぐらい前に白の山脈にある魔界の扉をこじ開けて魔界に侵入し、相当虫の居所が悪かったのか暴れ倒しやがった。しかしここは魔界で、オレサマの領域だ。
 例え竜種相手といえども、これだけ条件の揃った場でオレサマが後れを取る訳がない。オレサマの所にまで襲撃して来やがったから、その左腕をぶっ飛ばして見事に返り討ちにした。……まァ、その所為で竜種の呪いを受けちまったがな。

 それからというもの、黒の竜は人型に擬態してオレサマの城《いえ》に居座っている。ちなみにクロノと言う呼称は、オレサマがコイツの事を『黒の』と呼んでいた事から転じた呼称だ。

「それに僕は人間が嫌いだ。人間界に行って平静を保てる自信が無い」

 確かに、アイツがオレサマに喧嘩売って来た時に何かぐちゃぐちゃ喚いてたな。

『僕達は何もしていなかった! ただ平穏に生きていただけなのに、人間は僕達を攻撃して来た! 魔物だからと、竜種だからと僕達の事を人類の敵と決めつけた!! 赤も、白も、あんなにも人間を愛していたのに!!』
『僕達から人間を襲った事は一度たりともなかった。寧ろ、人間を魔物から守っていたのに。それなのに、人間は……僕達を悪しき存在として襲って来た。僕達の思いを、人間は踏み躙ったんだ!!』

 とか何とか。
 よく分からんが、コイツはどうやら人間を大なり小なり憎んでいるらしい。まァ、言われてみれば竜種が人間の国を襲った……みたいな話はそんな聞いた事ねぇしな。大体いつも竜種の被害に遭うのはオレサマ達魔界の住人だ。

 オレサマは特に人間なんて弱い種族に好き嫌いとか抱かんが──……あ、でもアミレスは例外だな。アイツの事は割かし気に入ってるし。だってクソおもしれぇじゃん、あの人間は。
 面白い存在は大好きだからな、オレサマは。と冷静に自己分析していたら、いつの間にかクロノの顔が僅かに悲痛に歪んでいて。

「青も赤も守れなかった。白だって人間に囚われた……誰も守れなかった僕に、今更あの子と会う資格も勇気も無い」

 どうやら、コイツの弟分の青の竜と赤の竜は百年程前に人間に討伐されたとか。そして白の竜は討伐こそされなかったものの、人間共に封印されてんだとよ。
 緑の竜は人間共に見つかる前に白の竜が、そう簡単には人間が寄り付かねぇ場所──天然の地下大洞窟《ダンジョン》で眠らせたとかで事なきを得たらしい。で、それを百年近く経ってからアミレスが見つけて救ったと。

 アイツが竜種の権能すら弾くようなレベルの精霊の加護を受けていたからこそ成り立った事だがな。まァ…………あの過保護な精霊なら納得の結果だ。しかし、その所為でオレサマはアイツに唾をつけれなかったんだがな! と不服を思い出して怒りを覚える。

 話は戻るが、クロノは青と赤の竜を守れなかったようだ。ま、話に聞く限り竜種の討伐には勇者だとか英雄だとか呼ばれる人間が参戦していた上に、人類も総力を挙げていたみたいだからな……いくらクロノでも二体の竜を守りながら戦うのは難しかったのだろう。
 オレサマなら余裕だがな。