「では、人を待たせておりますので私《わたくし》はこの辺りで。今宵は我が国で最も煌びやかな夢の一夜……心ゆくままに、どうぞ楽しんでいって下さいまし」

 人生初の一目惚れというものの感傷に浸るうちに、王女殿下が颯爽とこの場を後にしてしまった。とても優雅で洗練された動きで一礼し、ふわりと銀色の長髪を風に踊らせて会場へと向かって行ったのだ。
 彼女が去ってからもその場に漂う、甘く爽やかな香りが俺の初恋を彩るようで。彼女の姿が見えなくなる時まで、俺は熱くなった顔を夜風で冷ましながらその場に立ち尽くしていた。

 その後、ようやく会場に辿り着いた俺は王女殿下はいないかなーと辺りを見渡しつつ、先にフリードル殿下を見つけたので挨拶する事にした。
 そこまでは、良かったんだ。
 フリードル殿下と王女殿下ってあんまり似てないなぁ……と思っていたら彼の機嫌を損ねてしまいどうしたものかと考えあぐねていたら、その事を不問にする代わりにと俺は謎の相談を持ち掛けられた。

「──世の妹というものは、心底憎んでいる兄に毎年わざわざ贈り物をするものなのか? 同じく妹を持つお前に、忌憚なき意見を述べて欲しい」

 知らね〜〜〜〜〜! そんなの俺が知る訳ないでしょう! だってうちは兄妹仲がとても良いから! ──なんて、フリードル殿下相手に言える訳がなかった。

 だから俺はとりあえず頭を働かせて、それなりに考察する。しかしフリードル殿下の望む答えは分からず、俺はとにかく彼の逆鱗に触れないように色々と意見を述べた。
 俺じゃなくても思いつくような普通の意見。しかしその途中でフリードル殿下の様子がおかしくなり、彼から一人になりたいと言われてしまったので、

「フリードル殿下。兄とは妹を愛する事が仕事です」

 とだけ言い残して、俺は言われた通り彼から離れて会場に戻った。その頃にはもうダンスも始まっていて、俺は誰とも踊らないで済むように壁際で息を潜めつつ、またもや王女殿下の姿を捜していた。
 しかし見える範囲には王女殿下はおらず、結局その日、彼女に会う事は叶わなかった。

 その翌日、パーティー最終日は元々参加する予定ではなかったのだが……王女殿下に会えたら嬉しいなーぐらいの気持ちで突然参加表明し、会場にいた給仕から『本日、王女殿下は不参加のようです』と聞いて強く衝撃を受けた。
 そん、な……王女殿下に会えないなんて…………。俺はもう、数日後には帰る予定なんだ。もしかして、王女殿下に会う機会は無いのでは?

 嘘でしょ、嘘だと言ってくれ。俺の初恋ここで閉幕なの? そう天を仰ぐも意味は無い。結局あのパーティーの日以降王女殿下に会える時は来ず、俺はガッカリとした気持ちのままディジェル領への帰路についた。
 行きと同様の道を一ヶ月近くかけて進み、俺は約二ヶ月に及ぶ初めての旅を終えたのだ。
 家に帰ってまず最初にした事は伯父様や両親への報告。そして次に──、

「お帰りなさい、お兄様!」
「ただいま、ローズ。元気にしてたか?」

 可愛い妹との二ヶ月振りの再会を祝う抱擁を交わす。
 軽く夕食を食べてから俺はローズの部屋で土産を渡しつつ、同時に土産話を色々と聞かせた。ほとんどが道中や帝都で見たものの話だったが、それでもローズはとても楽しんでくれた。

「あ、そうだ。あのな、ローズ。俺──……一目惚れしたみたい。多分だけど、ローズも彼女には一目惚れすると思うよ」

 だって俺達は好みがそっくりだから。と王女殿下に一目惚れした話をすると、ローズは衝撃半分興味半分、とばかりに複雑な表情をしていて。

「お兄様は私のお兄様なのに……でも、お兄様が一目惚れするぐらいの女性なんてきっと凄く綺麗で可愛い人なんだろうなぁ……」

 ぶつぶつと呟くローズの頭を優しく撫でて、俺は王女殿下と出会った時の話もした。
 それをローズは真剣に聞き、やがて妄想を膨らませ始めた。うっとりした表情で妄想に耽り、頬をふにゃりと緩めるローズを見守りながら俺は想う。

 本当に、綺麗な人だったな。何で空から現れたのかは未だによく分からないけど、この際それはもうどうでもいいか。彼女を構成する全てが儚くも美しかった。
 非現実的だ、夢を見過ぎだ、とずっと笑いものにされていた俺の好み……その特徴と異様なぐらい一致する女性が実在していたなんて。

 まさに奇跡。敬虔なる信徒の為に、神が少し手を貸してくれたのやもしれない。ならばその奇跡を取りこぼさないようにしないと。──とは思っても。多分、そう簡単には会えないし……お近づきになるなんて無理なんだろうなぁ。
 我ながらついてないな、と自虐の笑いを零す。例えもう二度と会えなくとも。俺もあの少女のように、勇敢で自信溢れた人になれたらな、なんて。

 窓の外を流れ落ちる星に決意し、そして願う。
 ああ、それでも。どうか、いつかもう一度……彼女と会えますように───。