月光に透き通り輝く銀色の髪。夜空と同じ寒色の瞳。
 いつか見たフリードル殿下と同じ色でありながら、彼よりもずっと幻想的で儚い印象を抱く少女。美しいドレスを膨らませて、細いヒールでその少女は舞い降りた。

「あん、たは……っ?!」
「──王女、殿下」

 完全に意識をそちらに持っていかれて、俺達は物語の英雄かのように現れた彼女に見蕩れていた。目を奪われ、声も言葉も奪われるような感覚。
 フリードル殿下と似て非なるこの少女は、まるで──俺がずっと夢想していた存在のように思えてくる。
 綺麗だ。とても美しく、儚く、まるでいつか読んだ物語のお姫様のよう。……そんな感想が、漠然と俺の中に生まれた。

「騒ぎを聞きつけて来たのだけど……一体どういう了見で、私《わたくし》のお兄様の誕生パーティーに暴力沙汰を起こそうとしているのかしら?」

 王女殿下の冷たい瞳が、交互に俺達に向けられる。

「おれはトバリーチェ伯爵家の次男、ロンリー・トバリーチェです。高貴なる皇太子殿下の誕生パーティーにそこの野蛮な田舎者が侵入しようとしていたので、注意した所を逆上されたんですよ!」

 まず先に、男が勝手な事を口走った。それに対して「っ! だから俺達は野蛮じゃ……!!」と俺は反応する。男はそんな俺を鼻で笑って来た。
 トバリーチェ伯爵家とやらはマナーの一つも守れないのか。伯爵家にこんなにも非常識な男がいるなんて。信じられないな。

「ではそちらの貴方は?」

 王女殿下は平等に、俺にも話を聞いて来た。

「俺は、レオナード・サー・テンディジェルです。普通に会場に入ろうとしたら突然この人に絡まれて……酷い誹謗中傷を受けていたところでした」

 俺は一切嘘をつかず、本当の事を話した。すると恨めしげに男がこっちを睨んで来たが、俺はそれを無視する。
 そして王女殿下はおもむろに額に手を当てて項垂れて、

「はぁ…………呆れたわ。まさかお前はディジェル大公領の事を何も知らずに彼を謗っていたというのか」

 呆れや失望に近い声で、王女殿下は冷ややかな言葉を男に向けた。それには男も「え?」と戸惑いの声を漏らす。

「ディジェル大公領は別名、妖精に祝福された地。そして我が帝国を守る為、日夜奮闘する誇り高き帝国の盾──……それをお前は、野蛮な田舎者などと揶揄するか」

 とても真剣な顔で、彼女はディジェル領の事を『誇り高き帝国の盾』と語った。妖精に祝福された地なんて、普通の人なら知らない古い言い伝えまでもを彼女は口にした。
 皇族たる彼女が堂々とそう言い放ってくれた事により、俺の中にあったわだかまりがすっと消え、溜飲も下がったようだった。

「彼はそのディジェル大公領を導く聡明な領主一族の若き天才。彼程の逸材が野蛮な田舎者などと呼ばれるのであれば……お前は何の価値も無いゴミ以下よ。恥を知れ」

 更に王女殿下は男を罵倒する。それがなんとも小気味よいもので、性格の悪い俺は更に気分が良くなった。

「なっ……!?」
「分かったのであれば、疾く公子に謝罪し、早急にここを立ち去れ。お前のような者に、お兄様の誕生パーティーに参加する資格など無い」
「……っ、クソ! 悪かったな!!」

 王女殿下の言葉に従い、男は嫌々俺に謝罪(と言えるのか、あれは?)をして脱兎の如くこの場を立ち去った。

「あの程度の謝罪で良かったのですか、公子? 必要があればあの者に更なる謝罪をさせますが」

 そんな俺の不満を見抜いたかのように、王女殿下は真剣な顔で尋ねてくる。……どうしよう、なんか、本当に。改めて見ると本当に物凄く好みの容姿だな。フリードル殿下とそんなに変わらないのに、彼には微塵も抱かなかった感情を、彼女には抱いてしまいそうだ。
 気を抜いたら思わず見蕩れてしまうような美しさ。男がいなくなってからというもの、俺はずっと、王女殿下に目を奪われていた。

「えっ、いや…………その、大丈夫です。気を配って下さりありがとうございます、王女殿下」

 なんなら顔が熱くなり、心臓がうるさくなって来た。
 これは──もしかしなくても。

「気を配ってなどないわ。私《わたくし》はただ、日々私《わたくし》どもの為に戦うディジェル大公領の者達が蔑ろにされる事が、耐えられなかっただけですから」

 彼女は当然かのように語り、そして微笑んだ。
 先程までの凛々しく美しい月の女神のような印象から一転。とても柔らかく妖精のお姫様のような愛らしい印象を受けた。

「……そう、ですか。我々の事をそんな風に仰って下さったのは、王女殿下が初めてです」

 胸が高鳴る。愛する場所と愛する人達が褒められた事が本当に嬉しかった。それと同時に俺は自覚した。
 ……──俺、この人に一目惚れしたんだな。