というか、誰に向かって物言ってやがるはこっちの台詞なんだけど。俺、一応はテンディジェルの継承権を持つ人間だからね? 凄く荷が重いけど、後にテンディジェル大公になる事が決まってる人間だからね?

「はは。社交界のマナーすらも知らない癖に先輩風を吹かすとか、帝都の貴族は変わってますねー。自分より位の高い者に声をかけるのは、その相手が誰かに声をかけてから──なんて公然のルールでさえも守れないなんて。もう一度学び直してみてはいかがですか?」

 うるさい馬鹿にはどうせ伝わりもしない嫌味で応酬する。
 この男が俺よりも低い位にある事だけは確か。何せ、一応は大公の名代として俺はここに来ている訳でして……俺がこのルールを守るべき相手はフォーロイト皇家とアルブロイト公爵家のみ(ちなみに、アルブロイト公爵家もテンディジェル大公家に対してはこのルールを守るらしい)。

 そしてフォーロイト皇家は美しい銀髪に暗い寒色系統の瞳を、アルブロイト公爵家は美しい金髪に明るい寒色系統の瞳の特徴を持つと聞く。
 とどのつまり。目の前のこの超失礼な馬鹿野郎はそのどちらでもない──俺よりも低い位の者。ここがフリードル殿下の誕生パーティーが行われる王城である以上、社交界のマナーを守るべき立場にある男なのだ。

 それなのに、このザマである。信じられないな……まさかこんなにも非常識な人が平然と生きてるなんて。ここがディジェル領ならすぐに叩き潰されそうだな、あの自尊心。

「ッ、てめぇ……! さっきから聞いてりゃぐちぐちうるせぇな! さっさと名乗ればいいものを!!」
「だから言ってるでしょう、人に名を聞く時はまず自分が先に名乗れと」
「あぁん!? いいからてめぇが先に名乗れって言ってんだろうが!!」

 何だこの男、話が通じない。本当に貴族なのかな、そもそもちゃんと頭ついてるのかな。その頭は飾りなんですね、って言ったら逆上されそう……相当沸点低いみたいだし、馬鹿だし。

「……はぁ。仕方ないので、お望み通り名乗ってあげますよ。レオナード・サー・テンディジェル。それが俺の名前ですよ」

 チッ、と舌打ちをして先に折れてあげる事にした。いつまでもこの男に絡まれ続けるのも精神衛生上よろしくない。俺としては、早く役目を果たして領地に帰りたいんだよね。
 男は俺の名前を聞いてわなわなと体を震えさせて。

「テン、ディ……ジェル……田舎の大公家か……?!」

 あ? 今なんて言った?

「ハンっ! やっぱり田舎者じゃねぇか、それも野蛮なディジェル人と来た!」

 キッと男を睨むと、一瞬ビクッとしたものの男は蔑むようにこちらを見て、

「あー怖い怖い! これだから野蛮な田舎者は!!」

 散々、飽きずに俺達の事を馬鹿にする。
 安全な帝都でぬくぬくと暮らしてる奴等が、毎日この帝国を守る為に戦ってる俺達を野蛮だなんだと罵る事が許せない。たまたま帝都から一番離れた所に領地があるだけで、田舎者だと罵る事が許せない。
 話には聞いていたけど、本当だった。本当に帝都の人達は俺達の事を下に見ている。何と恩知らずで、馬鹿な事か。

「──人を馬鹿にする事しか出来ないような残念な頭しか持たない低脳な輩は、君の言うような野蛮な田舎者よりもずっと無価値で無意味なものだと思うけど。過ちを犯す前に己を見つめ直したらいいんじゃないかな? それかお母さんの腹の中から人生やり直して来なよ」

 頑張って怒りを堪えつつ、なんとか笑顔を作って言葉を吐く。
 過ちを犯す前にとは言ったが、社交界のマナー的にはもうとっくに過ちを犯している。テンディジェル大公家の名代相手にこの態度……これがもし伯父様なら、相手の開口一番に「失礼な奴だな」とか言って一発鳩尾(みぞおち)に決めていた。絶対に拳が出ていた。
 伯父様みたいな力が無い俺だったからまだ対話が成り立っているけど、俺以外のテンディジェル大公家の人間なら間違いなく鉄拳制裁《なぐっていた》だろう。

「田舎者の癖に出しゃばるんじゃねぇ!」

 男は怒り心頭だった。顔を真っ赤にして、声を荒らげる。

「俺達は別に田舎者って訳じゃ……っ」

 何回田舎者って言えば気が済むんだ、と奥歯を噛み締めながら言い返すと、

「はぁ? 田舎者は田舎者だろう。頭に筋肉しか詰まってない野蛮な戦闘民族は森にでも住んでろ!」

 男は学習する脳が無いのか、何回も何回も田舎者だの野蛮だの面と向かって罵倒してくる。

「ッ! お前……っ!!」
「あぁ? やんのかテメェ!」

 流石の俺とて堪忍袋の緒が切れるというもの。
 ずっと抑えていた敵意を露わに男をもう一度強く睨むと、

「殴るなら殴ってみろよ、出来ねぇんだろ? 野蛮な戦闘民族サマは帝都で暴力沙汰を起こせねぇもんなぁ?」

 男は触発されたように俺の胸ぐらに掴みかかり、したり顔でニィっと笑う。
 クッソ……! この低脳馬鹿野郎、何で常識やマナーの欠片も無いくせにそんな事だけは知ってるんだ。確かにディジェル領の人間は基本的に領地外での戦闘行為を禁止されている。

 その理由までは知らずとも、こうして帝都の馬鹿な輩でもディジェル領の人間が外で何も出来ない事を知っているらしい。
 だがそれはあくまでも君達──外の弱い人間を守る為の決まりだ。それなのに、その決まりを悪用してこんな風に喧嘩を売ってくるなんて。

「っ!」

 信じられない。こんな馬鹿が偉そうに人間らしく生きているなんて、と俺は絶句する。
 こんな俺なんかよりも存在価値が無さそうな穀潰し。こんな奴に俺達が馬鹿にされる事が本当に嫌で嫌で仕方ない。俺はディジェル領の恥晒しのようなものだけど、それでもディジェル領への愛もディジェル領の人間への愛も確かにある。
 だからこそ、こうして愛する場所と人々が何も知らない奴に馬鹿にされる事が腸が煮えくり返りそうな程に嫌なのだ。
 ぐっ、と体側で怒りから握り拳を作った時。

「待ちなさい!」

 空から、威風堂々とした鈴の鳴るような声が聞こえて来た。