のっけからこんな事を言うのもなんだが、オレは本当に、女性との距離を縮める事が苦手だ。これまでその必要が無かったという事もあるのだが、これまでの人生で母上と侍女以外にまともに女性と関わってこなかった事も原因の一つかもしれない。

 女性の扱いなど全く分からないし、叶うなら本当に教えて欲しいぐらいだ。
 一体どうすれば女性との距離を縮められるんだ? 一体どうしたら、適切な距離というものを保てるんだ? 彼女に告白だけはしないと決めているものの……それでも生涯を彼女の為に使うと決めた以上、可能ならばもっと距離を縮めたく思う。

 べつに、やましい事なんて考えてない。下心なんて無いぞ。無いからな?
 アミレスはオレの事を友達としてとても信頼してくれている。それはオレからすればかなり嬉しい事であり、何より安心出来る事だ。しかし、オレだって男だ。草花のように逞しく根気強いオセロマイトの王子だ。

 決して、これしきの事で満足はしない。オレは更に上を──彼女の、『親友』という立場を目指す!
 オレの把握している限りでは、今の所、アミレスが誰かに親友という言葉を使った事は無い。ならば……オレがそれを目指してもいいのではと。オレにだって、それぐらいの権利はあるのではと。

 オレにはこの生涯を賭して償うべき罪がある。その為にアミレスの傍にい続ける必要がありまして。どうせ傍にいられるのなら、少しでも彼女に近い立場でありたいなー……なんて。
 やっぱり駄目か? オレにはそんな資格ないか?

 はぁ…………と腰に手を当て重苦しいため息を吐き出した時、そんなオレの顔を覗き込むように彼女は現れて、

「マクベスタ、踊りましょう?」

 ふにゃりと柔らかく笑い、手を差し出して来た。
 あぁあああああもうっ! 何でお前はそんなに可愛いんだ!! どんな姿も輝いて見えるんだが! 昨日なんて想像の数倍は綺麗で完全に見惚れてたんだぞ!!

 実は昨日、会場についてから十分近く、綺麗過ぎる彼女の姿に見蕩れて呆然としていた。その影響で顔が赤く、何故か意味不明な誤解をされてしまったんだが……オレが好きなのはアミレスなんだから、他の女性と懇ろな関係になる訳ないだろう。

 ──とは言えない訳で。とにかく好きな人が出来たら教えろと繰り返すアミレスに、オレは疑問を抱き続けていた。
 そしてその後、イリオーデと共に踊るアミレスにまた見惚れていたらメイシア嬢に睨まれて、アミレスへと意識を割く余裕を無くす為かダンスに無理やり連れて行かれた。

 なんと言うか、前から思ってたんだが。メイシア嬢は確実に、オレがアミレスを慕っている事に気づいているよな? 分かった上で最近よく睨みをきかせてくるよな?
 オレは彼女に気持ちを伝えられないから関係無いのだが、もしアミレスに告白しようなどという輩が現れたなら。その者はメイシア嬢の目を掻い潜る必要があるのか。

 まぁ、その場合はオレも当然見定めるがな。アミレスもこんな感じの事を言っていたが、アミレスに相応しい男かどうかオレもしっかりと審査するつもりだ。

「マクベスタと踊るのってなんか新鮮ね」
「アアソウダナ、オレモソウオモウ」
「え、何で急に片言?」

 オレの言葉に困惑するアミレス。いや、言葉どころか表情にも困惑を示しているのかもしれない。しっかし……その顔も可愛いな。
 とか何とか考えている場合ではなくて。オレは今、まるで人形かのようにぎこちない表情と動きをしていた。

 理由は勿論この状況。かなり体が密着し、彼女に触れている我が手はとても小刻みに震えていた。それにしても、本当に近い。オレから誘っておいてあれだが、本当に近過ぎて心臓に悪い。
 昨日のアミレスは美しく、今日のアミレスは可愛らしい。何度見ても、ふと見惚れてしまう。それと同時に、この会場にいる者達全ての目を抉ってしまいたくなる。

 オレ達のアミレスは凄いんだぞと世間に知らしめる事が出来た喜びの裏で、それはオレ達だけが知っていれば良かったのに、と──アミレスの事を何も知らない奴等にこんなにも可憐な姿を見せたくなかった、と。そんな後悔や独占欲が、この会場の人間全ての目を抉りとって潰してしまいたい欲求へと変換される。

 目を抉る事が叶わぬのなら、パーティーが終わってから会場に来た人間全ての記憶を抹消したい。何も知らない癖にアミレスの事を知ったように語り、これまで散々陰で貶めて来た奴等が、見目の麗しさだけでアミレスへの評価を一転させ、何事も無かったかのようにゴマをする事が到底許し難い。

 世界が許すならば、アミレスを軽んじる全ての人間に雷を落としたい。……パーティー終わり、帰り際に自然災害に見せかけたら意外といけるんじゃないか?

「マクベスタ、何でそんなに険しい顔してるの? もしかしてダンス苦手だった? ……いや、そうだったら誘って来ないか」

 アミレスが心配そうにこちらを見上げてくる。それにハッとなり、オレは雑念を振り払った。

「すまん。緊張してて」
「まぁ分かるよ、だって兄様の誕生パーティーだもの」

 とはいいつつも、アミレスは全然緊張とかしてなさそうだな。本当に肝が据わってるからなぁ、アミレスは。そんな所もとても魅力的なんだが。
 それにしてもアミレスは本当に鈍感だな。まぁ、オレはそれに助けられているのだが。こんな状況で緊張していると言えば、普通は自分が理由だと考えるだろうに。真っ先に考える理由がフリードル殿下な辺り、お前らしいというか。

 相変わらずオレの好きな人は変わっているな。とつい笑みがこぼれてしまう。はっ、いかんいかん……アミレスの目の前でこんな風にしていればバレぬものもバレるというもの。
 いくらアミレスが愛情に関してだけ異様に鈍感でも、気付かれる恐れがある。それが原因で関係が崩れたりする事も嫌だし、そもそもオレの贖罪が叶わなくなるからそれは駄目だ。

 だから隠し通さねば。決して気付かれぬよう、この恋心だけはオレの胸の奥にそっと閉じ込めておかないと。
 何よりも大事な宝物として宝箱の中に入れて、何重にも鍵をかけよう。そうすれば、きっとアミレスには気付かれない。アミレスにさえ知られなければそれでいいんだ。
 ……最近は少し気が緩んでいた。これからはちゃんと気をつけないと。

「今日は、オレとも踊ってくれてありがとう。一生モノの思い出になった」
「なにそれ。別にこれからも全然踊れるんだから、一生モノと決めつけるのは早くないかしら?」
「はは、そうかもしれないな」

 だけど。少なくとも、今日この日のこのダンスはこれから先も鮮明に記憶に残り続けるだろう。それこそ、一生忘れられぬ思い出として。
 でも、それでいい。それが、いいんだ。
 ……──オレは、きっと。この思い出さえあれば、十分だから。