「ただ、用意するのに少し時間がかかるやもしれませんので……少しお待ちいただいても宜しいですか?」
「構わん。それまで他のスイーツでも食べて待っておこう。準備が出来たら呼んでくれ」
「分かりました。では今から頼みに行って参ります」

 会釈してから別れ、私はイリオーデと共に王城の厨房へと向かう。マクベスタとハイラとランディグランジュ侯爵は流石に会場を離れる訳にいかず、あの場で待機。
 厨房についた私は、『さる御方が立食のスイーツをたいへん気に召されたようですの』と言って毒殺未遂事件の起きた辺りのテーブルにあったスイーツの名を挙げていった。

 すると厨房の者達はやる気に満ちた顔で、それらをテイクアウト用に丁寧に箱に詰めていった。
 待つ事十分程。全部で四つの小箱に多種多様なスイーツが敷き詰められた。それを持って私達はまた会場に向かう。毒殺未遂事件の捜査による騒ぎの裏でこっそりと会場に入り、アンヘルの元に戻った。
 四つの箱を渡すとアンヘルは大喜び。ほくほく顔で自分の手首を切りつけ、血を流す。何も知らない人達はそれにギョッとしたが、これが何か知っている私はどちらかと言えばドキドキしていた。

 これはアンヘルの持つ魔力を使う為の予備動作。とても珍しい亜種属性、血の魔力が行使される瞬間なのだ。
 ゲームでそれを見た時ですらあまりのかっこよさに厨二心をくすぐられたのだ。実際に見られるとなれば、ついつい興奮してしまうのも無理はない。

「もう、アンヘル君。君の魔力はとっても珍しいんだから、こんな人が多い所で使ったら駄目でしょう」
「あ? 巻き込んでないんだから問題無いだろーが」

 アンヘルの手首から溢れ出た夥しい量の真っ赤な血は、本来ならば有り得ない軌道を描いて固まり、やがてショタバージョンのアンヘルへと変貌した。
 かっ、カッコイーーーーーー! 血の魔力カッコよすぎるって! しかもショタアンヘルはめっちゃ可愛いし!!

 吸血鬼という一族はその名の通り血の魔力との親和性が特に高いらしく、中でもアンヘルは血を自由自在に操るその魔力と、吸血鬼特有の変幻自在の能力を合わせて、こんな魔力の使い方をもしてしまうのだ。
 血と固有能力で己の分身を作り上げるとかいう、神業を。

「お前は二つ持っとけ。俺は二つ持つ」
『俺だってスイーツを食べたい。二つは多いからお前が全部持て』
「はァ? それだと何の為にお前を出したのか分からなくなるだろ」
『知るかそんな事』

 分身だからか、この小さいアンヘルもしっかりとアンヘルと同じ性格をしている。使い魔のようなもの、とゲームでアンヘルが語っていたが……使い魔にしては全く制御出来てないわね。

「おや、そろそろダンスの時間のようですね。ふむ……姫君、もしよろしければ一曲お付き合いしていただけますか?」
「えっ?」

 ぼーっとしていたら、ミカリアが驚くべき提案をして来た。

「パートナーがいるので最初の曲は流石に無理ですが、二曲目以降であれば……」
「二番目というのが少し気になりますが、それでも全然構いません。姫君と共に踊れるのであれば!」
「では、また後で踊りましょう」

 友達と踊りたいんだろうなぁ、ミカリアは。よし、その願いは私が叶えてしんぜよう。

「あっ、ま、待ってくれアミレス!」

 イリオーデと共にとりあえず踊りに行こうとした時だった。マクベスタが突然呼び止めて来たのだ。
 その顔はほんのり赤く、シャンデリアに照らされてみずみずしいリンゴのようだった。

「どうしたの?」
「いや、その…………っ、オレからこんな申し出をするのは、どうかとも思うんだが……もし、よければ……て、しい」
「なんて?」
「だからっ、その! オレとも、後で──……踊って、欲しい」

 マクベスタは顔を真っ赤にして、そんな申し出をしてきた。
 あ〜〜〜、マクベスタはパートナーがいないものね。昨日は同じくパートナーのいないメイシアが傍にいたから事なきを得たけれど、今日はそうもいかない。

 ハイラはランディグランジュ侯爵のパートナーらしいし、この場にはもうマクベスタの知り合いの女は私しかいないもんね。
 確かに、ダンスを踊ってくれと頼むのは少し恥ずかしいわよね。その恥ずかしさに負けず、こう申し出てくれたマクベスタの勇気を讃えようじゃないか。

「えぇ、勿論よ」
「……っ! 本当か……!!」

 もう、そんなにも嬉しそうな顔をして……安心なさいな。貴方のダンスの相手はバッチリ私が務めてみせるから。
 純粋なマクベスタに、ぼっちの辛さを味合わせたりはしないわ。絶対に!
 この後、三人と踊ってから私はこっそりとハイラや挨拶回りから戻って来たメイシアとも踊った。始まる前は凄く億劫だったパーティーだけれど、思っていたよりもずっと楽しめた。
 それもこれも全部、皆が傍にいてくれたからだけどね。


♢♢


「──目標発見、これより監視を開始する!」
「フフフッ、我のこの黄金の瞳に見えぬものなど無い!」

 頃合にして、アミレスがレオナードとの邂逅を経て会場に戻った頃。
 東宮で留守番をするように言われていたシュヴァルツとナトラは、こっそりと東宮を抜け出してパーティー会場近くまで来ていた。
 そして会場近くの木によじ登り、中の様子を目視していた。全てはアミレスの様子を見る為。ついでに留守番に飽きたからである。
 そこで彼等は衝撃の光景を目にした。

「え?! 何かハイラがいるんだけど、アレどういう事?!」
「むむむ……我の目にもしかと映ってはおるのじゃが、特殊な結界の影響か、会場内の声は聞こえぬな」
「てかマクベスタの野郎……楽しそうにしやがって……ぼく達はこうしてコソコソ盗み見するしかないってのに! あんなにもおねぇちゃんと一緒にいて! もー毎秒絶対面白いじゃん羨ましい!!」
「我、お前の価値観がちと分からんのじゃが」

 侍女服が傷つき汚れる事などお構いなく、シュヴァルツは木の上で暴れ出す。ナトラの呆れ顔を見て、シュヴァルツがぶすっと拗ねた時──木のすぐ下に何者かが現れて。
 その者は(騒いでいたとは言えど)緑の竜たるナトラと悪魔たるシュヴァルツに気取られる事無く木の下に辿り着き、やがて上を向いた。