説教が終わってようやく会場に戻ると、私達は相も変わらず変な騒ぎを度々目にした。フリードルの誕生パーティーは、それぐらい何かと騒ぎが起こりがちだったのだ。
 ある男は女性の体に許可なく触れて頬に平手打ちをくらい、ある女は仲の悪い令嬢を虐めて周りから後ろ指をさされた。
 他にも滅多に社交界に顔を出さない顔ぶれがいる事から、いざこざは絶えない。本当に、思ってたよりもずっと面倒事の多いパーティーだ。

「ぅぐ、ぁあああああああっ!」

 一人の男が口から泡を吹き、呻き声をあげて倒れた。その直前には酒が注がれたグラスが落ちて割れる音が響いていて。
 それを見た令嬢達が「きゃぁあああああああああああっ」と悲鳴をあげた事により、この事件は広い会場中に知られた。
 ──毒殺未遂事件。その男が飲んでいた酒にはどうやら毒が仕込まれていたようで、それを飲んだ男は一瞬にして意識を失った。
 何故未遂なのか……男はあの時確実に死んだと思われた。しかし、何とかすんでのところで助かったのだ。

「間に合ったようで良かった。折角のパーティーで殺人事件なんて、とってもつまらないから」

 毒にあえぐ男の元に気配も無く現れた、純白に金の刺繍のローブを目深に被る人。その人によって、男は一命を取り留めたのだ。
 その声を聞いて、私は唖然としていた。何故彼がここにいるのか……それが全く分からないからである。

「あっ、姫君!」

 ふと彼と目が合ったかと思えば、彼はプレゼントを貰った子供のような無邪気な声で手を振って来た。死にかけていた男を一瞬にして救い出した謎の男。そんな者が突然、帝国の王女に向けて手を振った。
 当然誰もが、「まさか王女殿下の知り合い……?」「見た所国教会の人のようだけど」「あれ程の治癒魔法を使えるのであれば、相当な大司教なのでは?」とこちらに視線を集中させる。

 うーん、厄介な事になったわねこれ。
 彼はそんな状況にも構わず、軽やかな足取りで駆け寄って来て、おもむろにローブを取った。
 シャンデリアの光を受けて美しく輝く絹のような白金の髪。神の代理人と呼ぶに相応しい、至高の芸術がごとき顔。熱くこちらを見つめてくる檸檬色の瞳は、常人との違いを痛感させる。
 約一年振りに見る顔──国教会の聖人たるミカリアが、フリードルの誕生パーティーに現れたのだ。

「お久しぶりです、姫君。約束通り僕から会いに来ましたよ」

 ミカリアは思わず目を細めてしまうような、眩い笑みを象る。たまたま周囲にいた人達がそれに被弾し、「はぅっ」「ォアッ……」とそれぞれ感嘆の息をもらしてその場で倒れた。
 …………ん? というかちょっと待って。何かこの台詞、見た覚えも聞いた覚えも……──っ、ぁあああ! そうだ、ゲームでミカリアがミシェルちゃんに言ってた台詞じゃないのこれ!!

 ミカリアのルートの終盤で、リンデア教との宗教大戦が起きた後の事。負傷しつつも戦地から何とか神殿都市まで帰って来れたミカリアが、涙を浮かべて出迎えてくれたミシェルちゃんに言うのだ。
『──ただいま、ミシェルさん。約束通り……今度は、僕から君に会いに来たよ』
 割と文面は違っているものの、ニュアンスはほぼ同じ。何でミカリアのルートの終盤で出て来る台詞が今ここで? まだ本編始まってすらないのよ?!

 いや逆に考えよう……つまりこれは世界がミカリアのルートに進んでいるという事なのでは? ぶっちゃけた話、今の所私もカイルも何もしていないんだけども。
 もしかしたらこの世界が空気を読んで、じゃ、しゃーなしでミカリアのルートに進めたるわ。っていい感じにアシストしてくれているのかもしれない!
 ありがとう世界! これからもそのままで頼むわ!!

「約束を守って下さりありがとうございます、ミカリア様」
「僕としてもずっとずぅっと、姫君にお会いしたかったので……こうしてまたお会い出来て本当に嬉しいです」

 一応そういうルールなので手を差し出した所、ミカリアは満面の笑みで手の甲にキスをした。
 それと同時に、ミカリアという名前に反応する者達が現れる。純白に金色の刺繍の祭服。思わず見蕩れてしまう美貌。そしてその名──……それらが指す一人の人物を脳裏に浮かべたからである。

「まさか、王女殿下は国教会の聖人と親しいというのか……?!」
「あの滅多に表舞台に姿を見せない聖人とだと?」
「聖人様……噂には聞いていたけど本当に美しいわ…………」
「一体どうやって?」
「あれが、人類最強の聖人──」

 周囲のどよめきがとてもよく伝わってくる。
 どう説明したらいいんだろう。仲のいい精霊さんに頼んで神殿都市に侵入し、聖人に直接手紙を手渡した……とか、どう考えても与太話だと相手にして貰えないわ。
 ミカリアとの他愛ない会話の裏で思い悩む事数分。ずっと上の空だったからか、こちらの様子に気づいたらしく、ついにミカリアがこの事に切り込んだ。

「……──いやぁ、オセロマイト王国の伝染病の際にも姫君の聡明な姿は拝見してましたが、改めて見ると本当に惚れ惚れしますね」

 ニコリと意味ありげな笑みでミカリアがわざとらしく語る。
 オセロマイト王国で伝染病が流行った事自体はフォーロイト帝国にも伝わっており、その解決は国教会の者と氷結の聖女が率先して動いた事によるものだと……そう、市井なんかにはちゃんと伝わっているらしい。
 その詳細は知らなかったようなのだが、中にはこの話題をミカリアが挙げた事により気づく者もぽつぽつと現れ始めたようで。

「もしや、オセロマイト王国を救ったのはあの国教会の聖人……?」
「そう言えば、王女殿下が先程オセロマイトの国王に『氷結の聖女様』と呼ばれていたような……」
「皇太子殿下も世間では氷結の貴公子と呼ばれているんだ。妹君の王女殿下がオセロマイトの件に関わっていたのなら、そう呼ばれていてもおかしくはない」
「あの王女が、国教会の聖人と共にオセロマイトを救った氷結の聖女だなんて……」

 察しのいい人達がその事実に気がついた。
 しかしこれを肯定して変な誤解を受けるようになったら困るので、ここはあえて肯定はせず、有耶無耶にする。後は皆さんの想像にお任せしますよ、という事だ。