「まさか貴女がララルス侯爵家の人間だったなんて。確かにただの侍女にしては、明らかに知識量や技術量がおかしかったけれども」

 いや、貴族令嬢だったとしてもあの知識量と技術量はおかしいか。

「姫様にずっと嘘をつき続ける事だけが本当に辛くて…………でも、私はララルス侯爵家の汚点であり、同時に私もララルス侯爵家を人生の汚点と思ってましたのでどうしても言えなかったのです。申し訳ございません」

 この女《ひと》実家を汚点呼ばわりしたわよ。なんなら今は自分がそこの当主なのに。

「前ララルス侯爵がなぁ……」
「ああ、前当主は本当に酷かった……」

 シャンパージュ伯爵とランディグランジュ侯爵が遠い目で意見を一致させる。
 前ララルス侯爵と言えば、一月の頭とかに横領とかで処刑された人よね。人伝に聞いた限りだとその男と一緒に処刑された妻子も中々に酷い罪状だったとか……。

「…………貴女、本当にあのララルス侯爵家の人なの?」
「…………残念ながら。あの屑とも半分は血が繋がっています」

 殺意の塊のような彼女の表情が全てを物語っている。

「じゃあそれだけ、貴女のお母さんが素晴らしい人だったって事ね。貴女がまっすぐと優しい人に育ったのは、お母さんの育児と遺伝の賜物よ」
「姫様……」

 そんなとんでもない家に生まれて、こんなにも彼女がまっすぐ素晴らしい人格のまま育ったのは、確実に遺伝子の勝利だと思う。

「ララルス侯爵が乙女の顔してるな。きゅんって効果音が聞こえた気がするよ」
「マリエル嬢は王女殿下の前だとあんな顔もするのか……可愛い……」
「声に出てるよ、ランディグランジュ侯爵」
「っ!?!?」

 シャンパージュ伯爵の注意を受け、ランディグランジュ侯爵が顔を赤くして慌てて口元を押さえた。
 ……改めて見ると、本当に髪の色以外全然イリオーデと似てないな。

「叶うならもう少しこの場で王女殿下とお話していたい所なのですが、私は挨拶回りついでに一度妻の所に行きますので。ほらメイシア、行くよ」
「わたしも行かなきゃ駄目? このままアミレス様と一緒に……」
「駄目だって前から言ってただろう。今日は取引先も多く来ているんだ、お前も挨拶ぐらいはしておかないと」
「はぁい…………それじゃあ行ってきます、アミレス様……」

 明らかに行きたくなさそうね。そんなにも眉尻を下げて、露骨に嫌そうな顔をして……仕方ない。シャンパージュ伯爵にはいつもお世話になってるもの、少しお手伝いしようじゃないか。

「メイシア、ちょっとこっちに来て」
「? 分かりました」

 メイシアが呼ばれるままに小走りで駆け寄ってくる。彼女の頬にかかる横髪を少し退かして、

「〜〜〜っっ!?」

 私はメイシアの頬に軽くキスした。
 まるで彼女の炎のように耳まで真っ赤になり、瞳や口元をふにゃふにゃに蕩けさせて、メイシアは「ぁう、あ……っ」と声にならない声を漏らしている。

「どう? これで挨拶回りも頑張れるかしら?」

 前に伯爵夫人から聞いたもの。人って、可愛い子にこんな風に応援されると頑張れるものだって。
 アミレスは世間一般的に美少女の部類に入る。ならイけるだろうと! ちなみにもしこれを私がメイシアにやられたら、確実に元気が漲る気がする。
 だからちょっと恥ずかしいけどやってみたのだ。

「はっ、はぃぃっ!」

 興奮気味にメイシアはシャンパージュ伯爵の腰に抱き着いて、「早く行こう、お父さん! わたし今なら何でも出来る気がする!! 世界平和だって成し遂げられるかもしれない!!」と訴えかける。
 軽い賢者タイムに入ってそうなメイシアを、シャンパージュ伯爵は「落ち着いて、嬉しいのは分かったから落ち着いて」と宥めている。
 そしてぺこりと会釈して、メイシアを落ち着かせながらシャンパージュ伯爵は挨拶回りに向かった。その背を眺めつつ、私は反省する。

「……頬にしたのは良くなかったわね。化粧が崩れてしまうかもしれないわ」

 後からこれに気づき、メイシアに申し訳ない事をしたなぁと思う。

「そもそも、軽率にあのような事をしないで下さいまし」
「流石に仲良い人にしかしないわよ」
「仲の良い相手でもいけません。特に異性はもっと駄目です」
「そうなの……? まぁ、じゃあこれからはしな……」

 まぁ確かに、メイシア程仲の良い同性じゃないと出来ない気がするし、異性にこんな事をするのは良くない。
 そう、私はハイラの言葉に納得したのだが、

「私なら問題ありませんが」
「え?」
「私は同性ですし、と・て・も姫様とも親しいので……私相手であれば、問題ありませんよ」
「え??」

 そのハイラが何故か自分だけならOKと言ってくる。結局同性なら問題無いという事か……??
 とりあえずそういう事にしておこう。
 暫く、ハイラ達と話すうちについに皇帝入場の時が来た。それに合わせて、イリオーデと共にフリードルの元に行く。フリードルに鋭く睨まれながらも素知らぬ顔でその隣に立ち、皇帝の入場を待つ。