「さてと、それじゃあわざとらしく人気の無い道を歩きますか」

 そう呟きながらおもむろに立ち上がり、暫く歩いていると、道行く人達がこちらをチラチラと見ていた。
 やっぱりこの時間に女一人だと目立つのね……どうやら最近街で女の子が行方不明になる事件が多発していたそうだし、その事もあってクレアさんや店員さんは私の身を案じてくれたのだろう。
 しっかし……そんな事件が多発してたってのに、帝都の警備隊は何やってるのかしら。
 私に権力があれば今すぐにでも警備隊を問いつめるんだけどなぁ…………そんな権力私には無いからな……帝国の王女っていう地位だって最早砂上の楼閣だし……。
 それにしても全然声掛けられないな。ものすごく自分に自信があると思われそうだが、昼間であれだったんだから夜なんて楽勝だと思ったんだ。
 シルフの前でああ言い切った手前このザマは……とても情けないぞ、私。
 はぁ。と大きなため息を吐きながら歩いていると、横道から誰かの叫び声が聞こえてきた。

「いやぁっ!」

 その叫び声に釣られて横道を覗き込むと、そこには男に腕を掴まれ引っ張られる、私と同年代らしき女の子の姿があった。
 女の子は涙を浮かべながら必死に叫ぶ。しかし男は問答無用でどこかに連れて行こうとしている。もう片方の手に持っていた布袋を女の子に被せようとしている所に、私は飛び出した。

「──待って! 妹を離して!」

 あれは明らかに誘拐現場だ。それも恐らく、女子供の人身売買を行う奴隷商関連の。
 目的があって奴隷商の商品になる必要があるという理由もあるが、それ以上に、いざ目の前で誘拐現場を目撃して何もしない訳にはいかない。

「なんだお前は」

 男が疎ましそうにこちらを睨んでくる。
 私は緊張に早鐘を打つ心臓を落ち着かせながら、一歩ずつ近づいてゆく。

「妹を連れて行かないでください! 妹の代わりに私を連れて行ってください!! お願いします、妹だけは助けてください!!」
「あ? なんだお前……っ」

 そして勢いよく男の足に縋り付き、水を目元に程よく発生させて、まさに妹の為に我が身を犠牲にする姉を演じる。……まさか私にこんな演技の才能があるなんてね。
 涙を溢れさせながら瞳を見開く女の子に向けて一瞬笑いかけ、そして私は更に、いもしない妹の為にと泣き縋る。

「妹は……っ、妹だけは助けてあげてください! 私が代わりになりますから! お願いします!」

 もしここでこの男が二人共連れて行くと言ったら、どんな手段を使ってもとにかくこの女の子だけは逃そう。

「何言って…………いや、いいか。お前は好きに逃げろ」
「いたっ」

 男はそう言うと女の子を乱雑に突き飛ばした。女の子は地面に倒れ込み、全身を震わせながら私を見上げている。
 そんな女の子に向けて私は告げる。

「……お姉ちゃんは大丈夫だから、もうお家に帰ってて」

 女の子はボロボロと涙を零しながら声を震わせる。

「い、や、でも……っ」
「早く帰らないとお母さんが心配しちゃうよ。お姉ちゃんは遅れるって伝えといて」
「〜っ!」

 もう一度彼女に向けて笑いかけると、女の子は「ごめ……ん、なさいっ」と言って走り出した。
 やがて女の子の背中が見えなくなるまで通りの方を眺めていると、男が私の腕を掴みあげた。

「家族愛ってやつか? いい姉ちゃんだな」

 反吐が出るぜ。と言いながらニヤリと口角を上げ、男は布袋を頭に被せて来た。その後手首を縄で縛られ、しばらく歩くと……。

「おー、お前今日も連れて来たのか。どうだ今回は」
「暗かったから良く見えなかったが、結構な上玉だったぜ。明日の子爵の視察さえ無ければ遊べたんだが……」
「ハハハッ、お前よくガキ相手に盛れるな」
「ガキでも女は女だろ?」
「相変わらずの性癖だな」

 私を連れて行く男が、別の男と不愉快な会話を繰り広げていた。誰かの横を通り過ぎる際に、一瞬だけ臀を触られた気がしたのだが、とりあえず黙っていた。我慢だ我慢。……というか、剣がバレてしまうかもという緊張でとてもドキドキしていた。
 臀を触られた事よりもそっちの方が私としては大事だったのだ。
 そしてまたしばらく歩き、やがて薄暗い檻へと入っていった。